第3章 スミレ色の「何か」③

1/1

0人が本棚に入れています
本棚に追加
/13ページ

第3章 スミレ色の「何か」③

 結衣ちゃんが「待って。あの絵は仕舞っておいてくれるって言ったのに」と、泣きそうな声で言っていたのが気になったけれど。  廉は一階奥のひっそりした部屋に案内される。  おばあちゃんが障子を開ける。  色鮮やかな絵の群れが飛び込んできた。  日本画だった。  アゲハチョウがひらりと一匹、水色の空を舞う日本画。中国の山林を思わせる深い山奥を描いた日本画。 「あれはわたしの絵だよ。お前さんは何を見にここまで来た?」  おばあちゃんにきつい目でにらまれて、廉はアトリエの中にあるキャンバスに気づく。描きかけの絵だし、おばあちゃんの絵とタッチが違う。何より、それは油絵だ。  白地に紫色の絵の具が乱暴なような、それでいて繊細なような筆使いで何重にも塗りたくられた、どこか奇妙な絵。  その形が何なのか。彼女の中にあるものが何なのか。怖いような気がするけれど、目を離せない。  これが「桜澤結衣」の絵。 「おばあちゃん。この紫色って」 「スミレ色なんだよ」  おばあちゃんは不敵に微笑む。 「あの子はそう言ってた。昨日会った誰かさんにインスパイアされて、今朝から熱心にアトリエにこもってたんだよ」  おばあちゃんはそれだけ言って、向こうに行ってしまった。 「忍田先輩」  結衣ちゃんがちょっと泣きそうな目をして言う。 「嫌ですよね。こんな絵。先輩にもっといい絵を見せたかったな。わたしの中の『先輩のイメージ』。バレリーナの衣装を熱心に見てたこと、和風カフェに驚いてたこと。何より、素顔を見たのが」  結衣ちゃんはどこか恥ずかしそうにしている。続きはなかなか言ってくれなかった。 「じゃあ、この『スミレ色』って俺なんだ」  廉は一応、確認する。  結衣ちゃんは小さな声で「はい」と答えていた。
/13ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加