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02.
「なにこれ」
「私の誠意です」
「……黒井さん、何度も言うけどさ」
僕が指差す先には、皿に盛られた黒い塊が鎮座していた。もはや何の料理なのかも分からない。水分が飛んでカラカラに干上がっていて、焦げた匂いしかしない。皿の白さがその暗黒物質を際立たせ、存在感をさらに大きくしている。まがまがしい効果まで見えているのは気のせいだろうか、気のせいだろうが、雰囲気は絶対にそうだ。
「不謹慎極まりないな」
「被害者は私ですけどね」
結局火事の原因は放火だろうと結論が出たそうだ。それを持ち家であった大家さんが共有してくれて知った。依然放火魔は逃亡していて、現在警察が捜査中とのこと。次の日に来た回覧板に『家の周りに燃えやすいものは置かない』や『ゴミの日以外はゴミを出さず、できるだけ収集の直前に出すこと』など注意喚起のチラシが挟まっていた。
「華には絶対に出すなよ」
「えぇー」
華は朝のラジオ体操に行っている。大家さんをはじめとする町内会連合の方々が見回りをかねて、小学生のお見送りなどをさらに強化しているという。華は来年度から小学五年生になり、今は春休み中だった。
「もし出したら本気で掃除機弁償してもらうからな」
「うっ」
「あと掃除代も」
黒井さんが来た初日、火災未遂で消火器を噴射した事件があった。
晩ご飯を用意すると言ってから少し経った後、なんか焦げ臭い匂いがして台所を覗くと、燃え上がる火をうっとり見つめながらその場に立ち尽くしていた。しかもなんか重装備で。
興奮したとろんとした目つきで、はぁはぁ息を吐く変態のような横顔は華の教育上よろしくない。本当にそのときいなくてよかった。
結果火は燃え上がって消すに消せなくなり、なぜか手元に用意してあった消火器を噴射。そして台所は粉まみれになるし、それを黒井さんが掃除機で吸おうとして壊れるわで大変だった。結局掃除屋に依頼したのだが、そのせいで無駄な出費をしてしまったのだ。
「ごめんなさい……約束する、もう絶対消火器を使わないって約束するから」
顔を上げて上目遣いされる。その表情が亡くなった妻と、若干の華の要素が混じっているようで既視感を覚える。この顔がそもそもすべての始まりだった。
黒井さんは亡くなった妻にかなり似ている。性格も声も言動も全く逆というか違うのだが、顔だけが妻そのものなのだ。身体だけそのままで別の人格が入り込んでいるというオカルト話を信じてしまいそうになるほどで、僕からしたら気味が悪い。
でも華は違った。妙に子供っぽい言動や取っつきやすい雰囲気からえらく気に入ってしまった。あの日の夜、黒井さんから離れることを拒み、くっついて離れない華を見た大家さんが僕にお願いをしてきた。
黒井さんをしばらくの間、居候させてほしい、と。
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