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大家さんには頭が上がらない。華のことを常に気にかけてくれるし、僕が仕事で遅くなってしまうときは面倒も見てくれる。妻がいなくなってふさぎ込んでいたときも、料理がてんでダメだったときも助けてくれた。そんな大家さんの頼みを断れるほど僕も恩知らずではないため、受け入れるしかなかった。
居候の最中は家賃の引き下げを前提にと話していたが断った。そこまでお世話になるわけにはいかない。ただなにかあったときの保証は絶対にすると譲らなかったのでそこは甘えてしまった。
そして居候から二週間が経った。
「消火器を使わないと約束する前に、フランベをやめろっていつも言ってるだろ」
「もう大丈夫ですよ。あれ以来ないじゃないですか」
「そういう問題じゃない。なにかあってからじゃ遅いんだぞ」
「私ともあろう人が火災報知器の場所を見誤るわけないじゃないですか」
「だからそうじゃなくて」
話が進まない。毎日のようにやめろと言っても大丈夫の一点張りだ。そして。
「私のものすべてが燃えてしまって絶賛落ち込み中なんです! 人生に疲れてるんです! ちょっとぐらい癒しがあってもいいじゃないですかケチんぼ!」
最後はお涙頂戴で言いくるめようとしてくる。言っていることについては事実だし、人生に疲れた状態を自身も知ってしまっているため、こう言われると強く出ることができない。
「僕は料理でやるなって言ってんだよ。火を見たいなら外でやってくれ」
「やってましたよ前までは! 焚火とか超好きですし、キャンプも月最低二回は行ってましたよ! キャンプ道具さえ生き残ってれば今頃野宿でしたよあぁその点は燃えてよかったと思ってますありがとうございます!」
支離滅裂な内容で逆ギレしているのか、感謝されているのかわけわからなかった。
「わかりました、原因はこれですね」
そう言いながら皿をひょいと回収される。黒焦げが落ちそうになるのを間一髪で阻止すると、それを摘まんで口の中に運ぶ。まじか。
「ん~、余計な脂が一切なくて食べやすいですこのお肉」
「肉だったのか。てか脂なんてそもそも出きってしまってないだろ」
黒焦げのそれをバリバリ食べている。口もとに焦げの破片をつけて、そりゃあもう美味しそうに。
「まったく、こんなにも美味しくできたのに」
なのに、なぜだろう。全然食べたいとも思わないし、羨ましくもなんともない。
「次はなにを燃やそうかな」
料理の話だろう。料理の話であってほしい。でも燃やすと表現しているあたりおかしい。
密かに放火魔はこいつなんじゃないかと疑わしくもあった。
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