04.

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04.

 ふらついた足取りで帰宅すると華と黒井さんが居間で寝ていた。電気はつけっぱなしで、それまで遊んでいたのかゲーム機もついたまま床に転がっていた。  黒井さんにすがりつきながら華が気持ちよさそうに寝息を立てている。黒井さんの方も華に手を差し伸べて我が子のように大切に抱える体制で寝ていた。  きっと、朱美が生きていたらこんな様子なのだろう。夢を見ているような光景に二回ほど鼻をすすってから、取り出してきた毛布を掛けてやる。電気を消して今のドアを閉めて、一人別室に入る。  扉を開けた瞬間、お線香の匂いがしてきて、落ち着きを取り戻す。以前までは祖父母の家の匂いという印象が強かったが、今では我が家の一つの匂いとして定着していた。  今日は月明りでも十分に部屋の中が見渡せた。仏壇の前に置いてある座布団に腰を下ろしてから、マッチでろうそくに火をつける。その日を線香にもつけて香炉に立てた。 「ただいま、朱美」  写真の中で微笑んでいる朱美に帰りの挨拶をする。すでに薄れてしまいかけている朱美の声が脳内で「おかえり」と声をかけてくれたような気がした。  きっと朱美はこんな湿っぽい空気が嫌いだからすぐに『今日はどんな一日だった?』と聞いてくるだろう。それに対して僕は『大変だった』と仕事の話をして、そこに華が『お父さん仕事の話ばかりつまんない』と年相応の反抗期を見せてくるのだろう。  そうして家庭内が明るい雰囲気に包まれて、幸福に満たされた時間を過ごしている。そんな想像を何度しただろう。想像だけは細部まで再現されて妙に現実味を帯びている。反対に朱美との思い出は段々と薄れていってしまう。手で掴んでおこうとしても霧散してしまう。 「僕は本当に……薄情だ」 「そんなことないですよ」  びくっと身体ごと驚いて跳ね、声の方向に勢いよく振り向く。いつの間にか扉は開かれていて、そこには黒井さんがいた。 「おかえりさない」 「……………………」  黒井さんの言動が、想像上の朱美と重なってしまう。『ただいま』と返答してしまえばそれが浮気になり、朱美を裏切ってしまうように思えて言い淀んでしまう。  沈黙が数秒続く。黒井さんの顔も見れないまま俯いているとカチっという音の後に周りが明るくなった。 「暗いところにいたら気分も落ちちゃいますよ」  声が出なかった。なにを言ってもよくないな気がして、しかしなにか言わなければならない気がして、八方塞がりだった。そうして僕が黙ってしまっていると、さすがに呆れたのか部屋から去って行ってしまった。
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