04.

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「……はぁ」  思わずため息が出てしまう。安堵か、それとも自己嫌悪か。そのどちらも含んだようなため息がもう一度出てしまう。 「これから私と飲みましょう」  再びやってきた黒井さんが酒瓶とコップを手にしていた。そして僕の前にドカッと腰を下ろして自分の分だけにお酒を注ぐとそのまま一気に煽っていた。 「かぁあ! 効く、効きますねやっぱり」  そう言いながら二杯目を注いでいる。そういえば歳はいくつなのだろうと思いまじまじ見てしまっていたのか、僕と目が合ってにっこり微笑んだ。 「例の放火魔、捕まったみたいですよ」  なんてことない調子で僕に報告してきた。 「それと私の部屋も決まりました。大家さんが用意してくれたみたいで」  続けて割と大事な要件をさらっと言ってのけて驚き、思わず顔を上げた。 「そんなに焦らなくてもって言ったんですけどね。『黒井ちゃんのために張り切っちゃった。引っ越しまであと数週間は我慢しなくちゃだけど、くれぐれもなにも起こさないでね』って」  あの火災未遂事件にはさすがの大家さんも肝を冷やしていた。そのことが背景にあるのだろうと思った。 「だから、まだ先なんですけど。お世話になりました」 「お母ぁさん?」  彼女が頭を下げたのと同じくらいで、華の寝ぼけた声が聞こえた。その後も「お母ぁさん」と鳴き声混じりに聞こえるそれが段々と近づいてきて、僕らの部屋に行きついた。そして。 「おかあ……さん」 「おぉっと!」  急に力が抜けたように倒れそうになった華を咄嗟のところで黒井さんがキャッチした。 「よしよし」  黒井さんが華の頭を撫でる。それに気持ちよさそうに表情を緩めて再び寝息が聞こえてきた。「くろ……こげさん」と華が黒井さんを呼ぶ寝言を言いながらも、その目尻にはうっすら涙が浮かんでいる。華が泣いているのは久しぶりに見た気がした。  朱美が死んだ日以来、華は泣かなくなった。それに気づいたのはしばらく経ってからで、それまでは自分のことで手一杯だったことを恥じて後悔した。  そして今、華に我慢させてしまっていたという事実と、泣かせてしまったという事実の二つが僕に襲いかかる。と同時に考えてしまう。  もしも。もしも、だ。  黒井さんと再婚したとしたら、華は幸せになるだろうか。  華にとって母親の代わりにはなる。再婚することで部長への恩返しと、華の幸せが両方叶えられる可能性はある。  もしそうなるのであれば僕は――。 「最低な人間だ」  今まで溜め込んできたものが溢れ出てきたのがわかった。  これは部長と華を言い訳にした考えだ。黒井さんはなにも関係ないのに、僕が楽になりたいからとあわよくば押しつけようとしている。 「……消えたい」
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