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「幼い頃に祖母の葬式に行ったんですけどね」  僕のつぶやきに対してか、そんなことを言ってきた。 「それまで祖母の肉体があったのに急に骨だけになってそれを壺に詰めて、入らないからと砕く。立派な骨ですねとか、そんな言葉が怖くて怖くて」  それでですね、と黒井さんは続ける。僕は黙って聞いていた。 「初めて料理したとき、卵焼きを焦がしちゃったんですよ。でもそのときすごく安心したんです。ちゃんと消し炭にならないでそこにあるって。それからはわざと焦がして安心感を得ていくたびに、それがないと怖くて仕方がないようになっちゃって。親からは『頼むから放火魔だけにはならないでね』って言われてたんですけどね」  雨の日の翌日、晴れを喜ぶ子供のような弾んだ調子で黒井さんは言った。 「でもある人に言われたんです、そんなこと気にすんな『これが私なんだ』って思えって」  驚きと懐かしさが同時に押し寄せてくる。それは朱美もよく言っていた言葉だった。 「いいじゃないですか最低でも。黒い感情があるってちゃんと認識できているなら、大丈夫」  その声音が心に染み渡るように温かくて、固まっていた心がほぐされていくようだった。  まるで本当に朱美がいるみたいに思えて、嬉しいようで悲しいような、自分でも分からない矛盾した感情が渦巻いている。  だからだろう、緩みすぎたことと、困惑してたのと、酔いが回っていたというのもあって。 「もうちょっと、一緒にいてくれないか」  と言ってしまった。  それがどういう意味なのかは受け取った本人しか分からない。けれども、言われた瞬間頬を真っ赤に染めて揺れ上がり、そのまま華を抱えて部屋を出て行ってしまった反応からたぶん、僕が予想したことは大方合っているのだろうと思う。  もしそうなら、後のことは華とも話し合わなければならない。そういえば最近あまり話していない。思えばずっと黒井さんにベッタリだった。  朱美の写真と目が合う。当然返事なんてないし、その表情からもなにも読み取れない。 「朱美、ごめん。……でも、これが僕なんだ、らしい」  変な日本語になったのを誤魔化すように息を吸って、吐く。立ち上る線香の元が赤く灯っている。その先がぽとりと香炉の中に静かに落ちた。  完
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