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 奏馬が亡くなったのは、六月のことだった。まだ梅雨入り前だというのに真夏のように暑くて、日中は平気で三十度に迫る温度計に苦悶していた。  葬儀には黒い服の大人が揃い、皆が同じ写真に向かって手を合わせていた。昔から知っているおじさんもおばさんも周りに憚かることなく涙を流していて、それを見ただけでわたしも泣けてきた。  幼稚園のときからいつも一緒にいた奏馬。高校生になってもその関係は変わらなくて、「お前ら付き合ってんの?」と何度言われたことか。それをめんどくさそうに受け流す奏馬の本心はどうだったのか、今となってはわからない。  わたし自身は決して表には出さなかったけれど、たぶん彼のことを意識していたのは間違いのないことだろう。  だからこそ突然の死はわたしの心を激しく揺さぶった。未だに信じられない。いつも隣りにいたはずの奏馬が消えるなんて。  家に帰ってからも放心状態が続き、なにも考えられないまま二階の自室へと入った。ドアを開けて電気を点けて、あとは椅子に座ることだけを想像していたはずなのに、ベッドの上にはなぜか奏馬がいた。 『よう、おかえり』 「ただい……え」  片手を上げながらわたしに気軽に挨拶をする奏馬。 『……俺、奏馬だけど。わかるよな? 久しぶりにまどかの部屋入ったけどさ、なんか女の子っぽくなっててびっくりしたわ』 「え、なに? なになになに、え、なにこれ? こわいこわいこわい」  意味もなく何度も辺りを見渡した。ぼんやりと浮かび上がる人の姿。背筋が凍るように全身に鳥肌が立ち、思わず一歩後退りした。 『おい、なにビビってんだよ』  彼は相変わらず喋り続けていた。奏馬の声がしっかり耳元に聞こえる。  わたしは思わず尻もちをついてしまった。どすん、という音が響き、鞄を床に落としてしまう。 『おい大丈夫かよ』  あわわわ、と声にならない声が出る。ゆ、ゆ、幽霊? 回らない頭の中ではそんな答えが辛うじて出てきた。  すると、階下からお母さんの声が聞こえた。 「まどか? なんか凄い音したけど」 「おか、お母さん!」  わたしの声があまりにも震えていたからなのか、母は慌てて階段を駆け上がってきた。 「なに? どうしたの?」 「だ、だ、だって、ほら」とベッドの方を指差すのだけれど、母からの反応はわたしが期待したものとはほど遠かった。
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