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どうしようどうしよう、そう思っていたら、男の人は持っていた缶ビールを近くに投げ捨ててわたしの両肩を掴んだ。目の前にはヒゲ面のおっさんの顔がある。それが段々と近づいてきて、わたしはもう、終わったと思った。
「いやぁ、お姉ちゃんかわいいなぁ。へへへへ、お姉ちゃん、キスはしたことあるかい? へへへへ」
強い力で両肩を掴まれて、身動きができなかった。そのまま地面に押し倒される。恐怖で抵抗することもできず、声も出せなくて。
頭の中では最悪なイメージが浮かんできた。わたしの人生はこれで終了。こんな変質者に遊ばれて、殺されるんだ。短い人生だったな、お母さん、ごめんね。お母さんの忠告を守っていれば。涙だけが勝手に流れていた。
おっさんの顔がもうすぐそこまで迫ってきた、そのとき、背後に人影が見えた。それは人ではなく、ぼんやりとした透明の存在だった。それが男の体に重なる。
『こいつの名前は野畑健二郎。四十五歳。仕事は工場で弁当や惣菜を作っている』
わたしは奏馬に言われた通り、地面に背中を付けながら男の経歴を話し始めた。
「野畑健二郎、四十五歳。工場で弁当や惣菜を作っている。仕事場にいる三十代の女性に想いを寄せているが、なかなか話しかけられずにいる。そのことを友人に話すと、もっとガンガンいけとアドバイスをされ、なんとか勇気を出して声をかけた」
「は? な、なんだよ、なんだよお前」
男は一気に酔いが醒めたのか、掴んでいた肩を離し、驚いた顔を見せて尻餅をついた。
わたしはゆっくりと起き上がり、彼を見下ろす。
「そして今日、その女性に声をかけたが、あえなく振られてしまう。しかもそれだけでなく、女性はその相談した友人と隠れて交際していた。自暴自棄になり、人間不信になったあんたは、こうして公園で一人、酒を飲んでいる。そうでしょ?」
「な、なんで、なんで知ってるんだよ、お前、誰に聞いた? 前田か? あいつが言ったのか?」
男の動揺がわかりやすいぐらいに伝わってくる。
「だからと言って、なにをしてもいいわけじゃない。天罰。あんたには、天罰を与える」
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