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わたしは恥ずかしくなって、慌ててその場から走り去る。
『なんだよ』
彼は怒ったのか、開いた窓からふらっと外へ出て行ってしまった。なんだよ、はこっちのセリフよ。わたしは奏馬に恋人を探してもらいたいなんて思ってもいない。急にお節介おばさんみたいなことしないでほしい。
頭に血が昇って怒りが込み上げてくる。あームカつく。
彼が生きてるときもたまに喧嘩をすることがあった。それはやはり奏馬の偉そうな態度にわたしが腹を立てるのだ。あいつはいつだって上から目線。わたしのことを下に見ている。
それでも別にいいんだけど、一人の女の子として扱ってほしいとは何度か思ったことがある。
廊下の隅に行き、窓の外を眺めながら怒りを抑えようと呼吸を整えた。なんでこんなことになっちゃったんだろう。昨日の夜は頼もしい素敵な彼だと思って凄く嬉しかった。それなのにたった一日経っただけでこんなことで喧嘩なんか。奏馬とはもう少しうまくやっていきたいはずなのに。
瞼の奥から涙が迫ってきて、溢れそうになるのを懸命に堪える。ダメだ、泣いちゃダメだよ。そんなことを考えながら窓の外を見ていたとき。
「柳瀬、まどかさん、だよね?」
男の人の声が聞こえた。振り返ると、そこにいたのは三津谷くんだった。
奏馬が警戒していたあの霊感がある男子。ヤバい、見つかった? 奏馬は? 近くにはいない、どうしよう。一瞬にしてパニックになったわたしは、なにも声が出せなかった。
「あ、ごめん、驚かせちゃったよね」
「いや、えっと」
「僕は三津谷、三津谷悠。ごめん急に声をかけて」
「ううん。どうしたの?」
三津谷くんの声は想像していたよりも優しくて、奏馬が警戒するほどの人物だと思えなかった。
「こんなこと急に言うのも変な話なんだけど」
「変な話?」
「あのさ」と、とても言いにくそうに下を見る三津谷くん。
「僕には霊感があって、普通の人には見えないなにかが見える。それが幽霊なのかはわからないけど」
心臓を鷲掴みにされたような驚きがあった。やっぱりそうだったんだ。彼には奏馬のことが見えていたんだ。じゃあ、ヤバくない? 奏馬とは離れた方がいい、とか言われるの?
「えっと」
「うん。わかるよ。急にそんなこと言われても戸惑うよね。でもこれは本当なんだ。それでね、この何日間か、君のことが気になっていたっていうかさ、霊が近くにいる気がして」
そんなこと言われなくてもわかってる、とは言えなかった。あんたよりも見えてんのよこっちは、とも言えなかった。
「へ、へぇ。わたしに?」
「そう。今は見えないんだけど、朝まではいたと思う」
「それはどんなやつなの?」
「あんまり怖がらないんだね。こんなこと言われて、普通ビビるんだけど」
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