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「ご、ごめん、いや、ついさ」 『つい、なんだよ? あ? 俺は閉めんなよって言ったんだよ!』  奏馬はかなりキレてた。それはいつも見慣れた光景で。わたしがドジをすると彼は鬼の形相で怒るのだ。なにやってんだよ、と本気で怒ってくる。それが怖くて怖くて。 『まったく。まどかはさ、マジで直した方がいい。人の話を聞かないところとか、鈍感なところとか。昔から変わってない』  奏馬は椅子に座ると、わたしを見てきた。改めて見ると、彼の姿は少しだけ暗かった。薄ぼんやりとしていて、影がある。声はいつもよりも高い気がした。 「ねぇ、ほんとにさ、奏馬は幽霊なの?」 『わかんねーよ。俺だって気がついたらこうなってたんだからさ。確かあれだろ、トラックに轢かれたんだよな。そっからの記憶はなくて、なんとなく自分でも天国だとかあの世的なとこに行くのかなって思ってたのに、どうしてかこの部屋にいてさ。そんでお前が帰ってきたって感じ』  奏馬は椅子をカタカタと揺らしながら話をする。それは彼の癖で、学校でもよく揺れていたのを覚えている。 「お母さんには見えてなかったよね? わたしだけ?」 『そういうことなんじゃね? 知らんけど』 「ほんと適当なこと言ってさー、まだ全然怖いんだからね、わたし」 『ふふっ』 「は? なんで笑ってんの?」 『だってさ、変わんねーなって思って。昔からなんも変わんねーよまどかは。なんか、まどかって感じ。ドジで、人の話聞かなくて、鈍感で、うるさいとことか』 「は? なにそれ? めっちゃバカにするじゃん! なんなの?」 『ははは。怒んなって』 「幽霊だからってさ、言っていいことと悪いことあるよ」 『ははは、確かに。ははは』  奏馬は楽しそうに笑った。その笑い声を聞いて、わたしもつられてしまう。  それは純粋に楽しかったのだ。死んだはずの奏馬はここにいて、あのときと同じように冗談を言い合って。  彼は死んでいない。わたしだけにしか見えていないのかもしれないけれど、それでもよかった。こうして奏馬とまた笑い合えるのだから。
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