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「本心ですけど」(後輩・片想い)
「お前ら、赤点取ったら補講で部活来れなくなるからテスト勉強ちゃんとやれよ!」
いつもは穏やかな主将がにっこりと怖い笑顔を浮かべながらそう告げると、ビシッと姿勢を正した部員たちが顔を引きつらせながら「は、はい!」だなんて返事を返している。
今日からテスト1週間前。部活は原則休止期間となり、この1週間ばかりは、いつもはバスケ命の部員たちも勉強に勤しんでいる。そして、そんな彼らを勉強面でもサポートするのがマネージャーである私の仕事のひとつだったりする。部室に集まった一部のメンバーで勉強会をしながら、ひたすら皆で課題をやるのだ。そんな中、ふと隣を見てみると、目に入った問題。
「五十嵐君、そこ式間違ってるよ」
「マジっスか」
「マジっス」
ひとつ下の後輩の五十嵐君は運動神経抜群で、先輩連中からレギュラーの座をもぎとるほどバスケは上手いのに、勉強はからっきしダメ。キリッとした見た目で、なんでも卒なくこなしそうなタイプなのに勉強は苦手だなんて。なんだか、ギャップがあってちょっと可愛いと思ってしまう後輩の一人だ。
「じゃあ、先輩。ここ教えてください」
うん。そうやって素直なところは実際可愛い。頼りにされると俄然やる気が湧いてくる私は、「ここはね」と顔にかかった髪を耳にかけながら隣に座る五十嵐君に質問された問題の解説を始めた。部室のあちこちから聞こえてくる同じやりとりを横目に、私も後輩のためにしっかり指導してあげねばと親身になって勉強をみてあげる。
「今日は、髪おろしてるんですね」
問題集を解いていると聞こえてきた声に、ふと横を見ると五十嵐君が頬杖をついて私のことを見つめていた。そのまっすぐな視線に、思わずドキリと音を立てる胸。
「ああ、今日は部活ないから」
ドキドキしながらも、かろうじて笑いながらそう返すと「なるほど」と五十嵐君。そういうことには無頓着そうなのに、意外とよく見てることに驚いた。バスケにしか興味ないと思ってたのに。
「五十嵐君は髪おろしてるのと、くくってるのどっちがいいと思う?」
いつもの五十嵐君らしくない発言にドキドキさせられているお返し、と思って毛先を指にくるんと巻き付けながら、にこやかに問いかけてみる。すると──。
「どっちも可愛いと思いますよ」
切れ長の瞳で、じっと私のことを見つめながら、真顔で爆弾発言をかましてくれる五十嵐君。照れさせてやろうと思って言った私が、逆に顔を真っ赤にさせられる。君、普段はそういうこと言うようなキャラじゃないでしょ!
「こら、女の子に可愛いとか、気軽に言わない」
たしなめるように、そう返す。だけど、五十嵐君は私のことをまっすぐ見つめたまま。
「女の子に可愛いって言ったの、先輩が初めてですけど」
首を傾げてそう言う五十嵐君に、いよいよ私は耐えられなくて赤くなった顔を隠すように両手で顔を覆った。すると、後ろから。
「おい、五十嵐!そういうとこだぞ、お前!」
「この天然人たらし!うちのマネージャー、そういうの弱いんだからやめろ!」
「つーか勉強しろ、勉強!」
と、途端に騒がしくなる部員たち。ああ、もう恥ずかしいったらありゃしない。先輩としての矜持はいづこ……。
勉強どころじゃなくなってしまった部員たちを横目に、ちらりと手の隙間から五十嵐君の顔を見れば、バチンとがっつり目が合った。
だけど、そのまっすぐな瞳から私は視線を逸らすことができなかった。訴えかけるような、その瞳に、私の胸はまたドキドキとうるさくなったのだった。
「本心ですけど」(後輩・片想い)【完】
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