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「ねえ、こっち向いてよ」(クラスメイト・両片想い)
「じゃあ、今から隣同士でペア組んでー。2人ひと組で今から出す課題やることー」
授業中、先生のそんな言葉にドキリと胸が大きく鳴る。だって、私の隣の席は絶賛片想い中の宇都宮君。少しウェーブがかった黒髪に、流麗な瞳、通った鼻筋と端正な顔立ち。どこか中性的な雰囲気で、「儚げ」という単語がまさに似合う男子生徒である。
「よろしくね」
隣を見れば、にこやかに微笑みかけられる。女神様みたいな、その笑みがどれだけ破壊力があるかなんて、きっと彼は知らないだろう。
「こちらこそよろしくね、宇都宮君」
窓際の席に座る彼の机に自分の机をひっつけながら、顔も見ずに挨拶した私。やだ、こんな近くで目なんて合わせられない、と先ほどから鼓動が速くなりっぱなしだ。
「課題のテーマって、何個かあるんだね。どれにしようか」
黒板に目を向けたままそう問いかけると、「うーん、そうだな」と考えこむ宇都宮君の声がすぐ近くで聞こえる。隣の席になってからも、ずっと落ち着かなかったけれど、物理的に距離が近くなった今は、もっと心が落ち着かない。
優しくて、かっこよくて、頭もよくて。同じ学年の子以外からも人気の高い宇都宮君。この前は、3年の先輩から告白されてた、なんて噂話を最近耳にしたばかりだ。
宇都宮君はとにかくモテる。それはもうアイドルですか、と言わんばかりに。
そんな宇都宮君に対して、私は特段目立ったところがない平凡な人間。なんのとりえもない一般人だ。だから、宇都宮君のことを好きだからって、そこからどうこうなりたいだなんて考えたことはない。一般人は、一般人の領分を守ってひっそりと彼に恋心を寄せている程度。こうして、宇都宮君と隣の席になれただけでも、十分私は幸せだった。
「ねえ」
黒板とノートパソコンを見つめながら、テーマ選びについて考えていると、横から宇都宮君に呼びかけられた。
「は、はい」
緊張してぎこちない返事になったけれど、隣を見る。すると、そこには頬杖をついて私のことをじっと見つめる宇都宮君。イケメンに、ましてや想い人の宇都宮君に真正面から直視されることに耐えきれなくなった私は、バッと勢いよく黒板に視線を戻すと「よさげな題材あった?」と返す。
心臓がドキドキとうるさい。クラスメイトたちのガヤガヤとした喋り声が遠くに聞こえて、宇都宮君の声や視線だけがクリアに感じる。ただ話すという行為が、好きな人相手だと、どうしてこうも上手くいかないものなのか。絶対、そっけない奴だと思われてるよねと脳内で泣きながらがくりと膝をつく。
好きな人には、よく見られたい。そんなくだらないプライドが邪魔をしてしまう。
そんな私の脳内絶望をよそに、トントンと宇都宮君のシャーペンが私の手の甲を優しく叩く。びくりとして隣をそっと見てみると、宇都宮君は先ほどと変わらぬ体勢で、頬杖をついて私のことを見つめていた。
「な、なに」
私がそう尋ねると、宇都宮君は「やっと、こっち向いてくれた」と笑う。
「いっつも、俺の方見てくれないから」
と、どこか拗ねたような声色の宇都宮君に、胸が高鳴る。だけど、
「隣の席になれて嬉しいなって思ってたの、俺だけかな?」
と続いた言葉に、私の胸の高鳴りはさらに速くなった。どこまでも青い空を背景に、やさしく微笑みかけてくれる。そんな彼を、私は一層、好きだと思った。
「ねえ、こっち向いてよ」(クラスメイト・両片想い)【完】
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