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「普通はこんなことしない」(クラスメイト・片想い)
「じゃあ、また明日ねー!」
「部活いこー!」
放課後、教室のあちこちから聞こえるそんなクラスメイトたちのやりとりを横目に、私は窓際の一番後ろの席に座って、せっせと日誌を書いていた。
今日の日番は私と、榎本君。放課後に一緒に日誌を書く予定だったのだけれど、顧問の先生から職員室に来るようにと呼び出しがあったそうで、彼は今は教室にはいない。きっと部活が忙しいのだろうと思って、日誌を書く役目は私が引き受けた。幸い、帰宅部の私は放課後にたっぷりと時間はある。日誌を書き終えたら、図書館に寄って少し勉強してから帰ろうかな、だなんて考えながら今日一日の出来事を思い返していた。
「あとは、ここ埋めるだけか……」
今日一日にやった授業の欄をすべて埋め、残るは感想の部分。ほかの子も読むので、何を書こうかいつもネタに困る。前のページをペラペラとめくって参考にしながら読み進めていると、「あれ、まだいたのか」という声が聞こえてきた。顔を上げると、教室の入り口に部活のジャージ姿の榎本君がいた。
「榎本君、お疲れ様」
キリッとした切れ長の瞳が、私をじっと見つめていた。
「悪ィ、日誌書けたか?」
「ううん、あとちょっと。感想埋めたら終わりだよ」
「なら、俺も手伝う」
「いいよ、榎本君。もう部活始まる時間でしょ?」
「日誌書く時間くらいはある」
榎本君はそう言って、私の席の対面に腰かける。同じクラスになるまでは、目つきの悪さから怖い人なんだろうと思っていたのだけれど、案外優しい人なのだ。律儀な彼に「ありがとう」と返し、書くのは私が、職員室に日誌を持っていくのは榎本君が引き受けてくることになった。私はできるだけ早く書き上げてしまおうと、当たり障りのない感想をつらつらと書き始める。
「……字、綺麗だな」
そんな折、榎本君がぽつりとそう呟いた。男の子に字を褒められたのは初めてだったので、なんだか照れくさい気持ちで、「そうかな?」と返す。なんだか急に、教室に二人だけというシチュエーションに緊張してきた。
「黒板の字も、いつも綺麗だなって思ってた」
榎本君の思いもよらぬ発言にびっくりする私。榎本君が私の黒板の字をよく見てくれていたことにも、それを「綺麗」だと言ってくれたことにも。
「そ、そうかな」
気恥ずかしさをごまかすように「よく見てるんだね、榎本君」と笑ってみせると、榎本君の切れ長の瞳が、じっと私を見つめていた。
「……そんなに見てるの、お前だけだぞ」
放課後の教室。窓の外から聞こえる陸上部のランニングの掛け声。雲に隠れた太陽。
その言葉の意味を考えた私は、榎本君の真意を探るように瞳の奥をじっと覗き込んだけれど、ドキドキの方が勝ってしまってそれどころではなくなってしまった。
「普通はこんなことしない」(クラスメイト・片想い)【完】
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