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「私だけを見てほしい」(幼馴染・片想い)
「おばちゃん、お邪魔しまーす」
明るく、朗らかな挨拶が階下にある玄関から聞こえてきた。「いらっしゃい、涼くん」だなんて弾んだ声で喜多を出迎える母の声。私はベッドから起き上がると、読んでいた雑誌を本棚に戻してテーブルの上を片付ける。
「入るぞー!」
ノックとほぼ同時に開いた扉に、呆れた表情を向ける。やってきたのは、喜多だった。肩より少し短い髪に、猫のような丸い目。いつも太陽みたいに暑苦しいこの男は、私の幼馴染である。
「ちょっと、喜多くん。部屋に入るときは、きちんと返事を聞いてから開けようね?」
「え、いいじゃん。お前の部屋なんだし」
「私が着替えてたら、どうすんだコラ」
「今着替えてなかっただろ」
「そういうことではなく……」
はぁとため息をつくも、毎回同じようなやり取りをしていることに、そろそろ私も諦めなければならないかと思案する。家が隣同士ということもあって、小さいころから一緒に育ってきた私たち。そういうこともあって他の人に比べると、遠慮がないというのは、まあお互い様かもしれないが。
「そんなことより英語の課題教えて」
「ハイハイ」
トートバッグから夏休みの課題として出されたワークを取り出した喜多は、勝手知ったるという感じで私の部屋のローテーブルの前に座る。部活で遠征があるので、それまでに課題を終わらせておきたいとのことで、私はその先生役を任命されたのだ。
「おやつ、駅前のチーズケーキ買ってきてるから。おばさんに渡しといたぞ」
「チーズケーキって、硬めのやつ?ふんわり系?」
「ニューヨークチーズケーキ。お前、あれが好きなんだろ」
「なら、よろしい。早速、課題やっちゃうよ」
好みを熟知しているのも長年の付き合いゆえのことか。報酬のスイーツに気をよくした私は、喜多の課題チェックを始めることにした。
「はい、答え合わせ終わったよ」
分からないというところを解説して、私が作った問題を解いてもらい、丸付けを終えたところで喜多の方を見ると、テーブルに突っ伏して寝ている幼馴染の姿。
「……寝るのはや」
答え合わせをし始めたのは、つい先ほどのことなのに、よほど疲れているのか喜多はスースーと、それは気持ちよさそうに寝息を立てて眠っていた。
ひょいと横から覗き込んで寝顔を見つめるも、起きる気配はなし。やっぱり部活で疲れているのだろう。一区切りついたから、まあいいかと思って、私はベッドに置いていた夏用のブランケットを手に取って、そっと喜多の背中にかけてやった。
ベッドを背に膝を抱えて、寝ている喜多を見つめる。部活一筋のこの幼馴染を好きだと自覚してから、もうどれくらい経っただろうか。中学、高校になってからは、一緒に過ごす時間は減ってしまったけれど、今もこうして、私の部屋に来てくれる、そんな些細なことが私にとってはとても嬉しいことだった。
告白したい、と思ったことがあるけれど、幼馴染という壁は想像以上に高いのだ。この関係が壊れてしまったら、と思うと、一歩が踏み出せない自分がいる。
「……彼女なんて、作らないでよね」
喜多が寝ていることをいいことに、私の淡い願いをそっと口にする。どうか、ずっとこんな時間が続きますようにと、そんな祈りを込めながら。
「私だけを見てほしい」(幼馴染・片想い)【完】
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