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4 二人目ゾンビの話①
「お嬢さんの花嫁姿は見なくていいのかい?」
心配そうな口ぶりに、すこしだけ笑う。
相手を心配するゾンビというのが可笑しく感じたからだった。
思考があるアンデットたちは、人間だった時のように思い悩むのか。
「そりゃあ見たいさ。けど、父親がゾンビってのは外聞も悪いからな」
答えて、また目を瞑った。
娘の花嫁姿は脳裏に鮮やかに描ける。
見なくても分かる。
世界一きれいな花嫁だ。
娘を思って、少しだけ笑顔を浮かべた男に、話を聞いていた相方が羨ましそうに見やる。
と言っても、頬の筋肉などは腐敗しているため、表情は分からない。
「良かったな」
そう言うと今度は話を聞いていた男が、自分の思い出話を語り始める。
「オレはずっといい伴侶じゃなかったんだ。仕事ばかりだった。警察官だったんだよ。事件を追いかけて、華々しく活躍する刑事ドラマやアニメがあるけれど、あんなに簡単なものじゃない。事件を追う他に書類作成にも追われるし、打ち合わせだって日常茶飯事。日々の些末な仕事もいっぱいあるんだ。気づけば午前様、って毎日だったよ」
長年Bar穴蔵に通っているが互いの話などしたことはなかった。
男は相手の話に聞き入る。
「それでも、地道にコツコツ事件を片付けて昇進して、給料が上がれば家族の幸せに繋がる。そう思って頑張ってた」
午前様の自分に嫁は文句を言わなかった。
朝食は必ず用意してあったが、手を付けずに出かけることもほとんどだった。
子どものことも、家のことも全て嫁に任せきり。
思えば授業参観一つ見に行ったことがなかったな。
普段関わらない無口な父親に子どもが懐くはずも無い。
たまの休みに家に居ても居場所がなく、ますます仕事に没頭することになった。
それが家族と自分を隔てる溝になることも気づかずに。
気づけば家族との会話はほとんどなくなっていたが、既にどうしようもなかった。
どうにかしようと思ったものの、どうすることもできないまま日々が過ぎて行った。
警察官という仕事は、感謝も受けるがその分も憎まれたりもする。
ひょっとすると感謝よりも憎まれる方が多いのではないかと思うくらいだ。
憎しみが警察という組織に向いていればいいが、自分個人、いや、自分個人でも構わない。
自分が逮捕した者から、自分の家族に向けられた憎しみの目には、底しれぬ恐怖を感じた。
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