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2 一人目ゾンビの話①
「俺に似たのか、下の娘は真面目一辺倒でさ」
静かに男が話す。
「高校を卒業するまで男の話一つ出なかった」
「親が知らなかっただけじゃないのか? ましてや男親には話さないだろ」
「そうかも知れないが、そうじゃないねぇ。うちはさ、貧乏だったんだよ。狭い一つの部屋で家族4人。誰が何をしてるか嫌でも分かる」
そう言って男は残ったブラックブッシュを飲み干して時間を確認した。
時計は午前3時半を指している。
日が昇るまで1時間半というところ。
ゾンビになってまで時間を気にするのは、長年サラリーマンとして勤めてきた習い性か。
男はそう考えて薄く笑みを浮かべた。
雨音は次第に弱まっている。
この分だと夜明けと雨上がりは同時くらいだ。
「次女が男を連れて来たのは高校を卒業して、1年くらい経った時かな。男連れの娘と取引先に向かっていた俺が、街なかで偶然出くわしたんだ」
男と嬉しそうに並んで歩いていた娘。
あんな表情は家では見たことがない。
「一目で気に食わない男だと思ったね」
「娘さんを取られた父親の嫉妬かい?」
「いや、そうじゃない。人を食ったような感じの男でさ。邪気が纏わりついているような……」
もう一人の男が笑う。
「ゾンビが、他者に人を食ったと語るとはね」
「俺はその時は人間だ。ゾンビは邪気じゃない。ただの死屍さ」
直感は当たった。
娘の彼という男とその場では当たり障りのない挨拶を交わしたが、その後男は娘のヒモのようになった。
高校を卒業して働いていると行っても、貰える給料はごく僅か。
それでも娘は家族に頼ることなく、少ない金額の中から2人分の生活費を捻出していた。
実家に遊びに来る娘に、あの男と別れろとうるさく言っていたせいか、娘が実家に帰って来ることはなくなった。
心配になった男は、娘をそれとなく見守った。
会社帰りに娘のアパートの近くまで見に行った際には、アパートから男の怒号が聞こえ、娘が泣きながら出てくるのが見えた。
追って男も出てきて、娘の髪を掴む。
男が刃物を娘に振り上げるのが見えて、その先は夢中だった。
娘が小さく叫び声を上げた。
その先はよく覚えてはいない。
「俺を殺したことで男は逃げた。娘の前から姿を消したんだ。俺は死んだけど、娘が幸せに生きられると思って満足したんだ」
男は、薄く笑った。
男の耳に微かな雨音が届く。
男の記憶がうっすらと蘇る。
ああ、自分が刺された日もこんな風な雨だった。
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