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3 一人目ゾンビの話②
自分が死んでしばらくは、平穏な日々が続いていた。
が、それも長くは続かなかった。
暴力男は再び娘の元へ訪れる様になった。
警察に通報しようとした娘を殴りつけ、娘を精神的に支配した。
娘は再び怯えながら暮らすようになった。
自分がどうやってゾンビになったのかは覚えていない。
ゾンビは思考を保たない者も多い。
その中で思考を保つことが出来たのは、幸運だったのだろうか。
思考を保たなければ、もっと早くに男を始末出来たのだろうか。
雨音を耳にしながら、男は考える。
自分が死んだ時と同じような、しとしとと雨の降りしきる深夜。
娘の元を訪れる男を見つけた。
覚悟は決まっていた。
自分を見た男は、悲鳴を上げた。
慌てて逃げようとするが、足がもつれて上手く逃げられないようだった。
手を前に突き出し、ゾザッ、ゾザッと歩いて男を追い詰める。
一言も言葉は発しない。
ヨロヨロと逃げ出す男をどこまでも付けていく。
逃げようとした男に手を伸ばす。
悲鳴一つ上げさせなかった。
深夜、上がった雨が霧に変わる。
水分をふんだんに含んだ気怠い空気が身体を包んだ。
「それで、君は満足したのかい?」
当時情景を思い出して過去に身をおいていた男は、たちまちバーのカウンターに引き戻された。
「これで娘は自由になれる、と思った。人を手にかけてゾンビ化が進み、四肢がより腐り始めたがな」
静かにブラックブッシュを口に運ぶ。
口が腐らなかったのは幸いだ。
酒を楽しむ事ができるのだから。
「ゾンビになったら永遠。だけど。やめる方法が一つだけある」
自分の言葉に相手が頷く。
「日の出直前、日が上がり切る前の雨にうたれること。そうすれば、この死屍は解けて無くなる」
「自分ごと、この世から消失するんだよな」
「ゾンビだからな。普通の消滅とは違う。生まれ変わることは二度とない」
二人は目を閉じた。
雨音は二人の耳に届いている。
まだ、上がりそうにない。
ゾンビになっても思考が残ってしまったから。
男は、ずっと怖かった。
この世から消えるということ。
生まれ変わらずに消滅するということ。
死んだことは仕方がない。諦めもついている。
娘を守った事も誇らしく思っている。
ただ、娘や家族を思う気持ち。自分が消えたらそれはどこに行くのだろう。
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