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1 Bar穴蔵
降りしきっていた雨は次第に強くなり、横殴りになっている。
風も強いため、傘をさしていたとしても外に出れば三秒経たずに全身ずぶ濡れになるだろう。
Bar 穴蔵。
路地裏の雑居ビルの地下一階にネオンが灯った。
開店を待っていたかのように、二人の男がBarに入っていった。
路地裏地下にあり、会員制であるためこの店舗は、目立たない。
カウンターに座った二人のは、低く小さい声でボソボソと話し始めた。
楽しそうな感じではなく、何やら深刻そうだった。
Barの店主は、心得ているとばかりに二人の前にそっとブラックブッシュのソーダ割を置いて、離れて行った。
「俺、もう廃業しようと思ってるんだ」
「何を言ってるんだ。今まで頑張って来たじゃないか。お前が居なくなると寂しいよ」
低く、小さい声で二人はお喋りを続けた。
「娘が来月、結婚が決まったようなんだ。心配もあるけれど自分の力で生きていける子だから、親の務めは果たしたかな。まぁ、親らしいこと、そんなにできなかったが」
カラン、と音がしてグラスの中で溶けた氷が琥珀色のブラックブッシュソーダに沈んだ。
二人の男は一口、ブラックブッシュを口にして、黙ったまま目の前のグラスを見つめた。
「そう言われると、オレも廃業しようかなって思えてきたよ」
しばらくして、もう一人の男が静かに口にした。
「君のところはまだお子さんも小さいのだろう?」
「あぁ」
答えた男は、再びグラスを手にしてブラックブッシュを口に運ぶ。
ゴクリと飲み込んで、呟いた。
「強炭酸、アルコールの刺激は血湧き肉躍るものだねぇ」
そう言って黙っている男に向かって話を続ける。
「いやぁ。心配していたのだけどね。家内にいいヤツができたようで。子どももそっちに懐いているようだし。そいつは稼ぎも良いしな。オレはもう用無し、だよ」
話を聞いていた男は、「ふぅん」と頷いた。
「だから思い残すこともないし、君の話を聞いて廃業してもいいかな、って思っちゃったんだよね」
二人は耳を澄ませた。
「まだ、雨が上がらないようだね」
「そうだね。もう少し、話そうか。君のお嬢さんはストーカーにつきまとわれていたのではなかったかい?」
「ああ、今朝カタをつけてきた。もう大丈夫だろう」
「じゃあ、その話を聞こう」
二人は再びゆるゆるとブラックブッシュを口にした。
地下であるのに雨音を聞き分ける二人は常人ではなかった。
Bar穴蔵の開店時間は、午前2時。
そして、午後6時には閉店する。
来店するのは、一仕事終えてのんびりしようとする生ける屍たちだけだった。
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