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おそろいのペンダント。
父を叔父と呼ぶアリッサ。
亡命王女の娘だろうと言うイーザラン老将。
三つのことを総合すると、どうしてもアリッサとユリスは兄妹としか考えられなかった。愛の証しとしてペンダントがあり、身分をやつしてアリッサの叔父と名乗って会いに行った父。 ――二人はどうして結ばれなかったのだろう……。
ユリスはアリッサをソファに座らせ、心が落ち着くように紅茶にミルクをたっぷり入れてやると、その肩を握った。
「叔父のエデムについて知っていることはなにかあるか?」
「エデム叔父上は――いつも日曜日の礼拝の帰りに屋敷にお寄りになった。毎週ではなく、時々。思い出したように現れるの。約束してきてくれる時もあれば、ひょっこり現れるときもあった」
「君が言う『エデム叔父上』がこの絵と同一の人物なら、本当の身分はこの国の皇帝だ」
「そんなのあり得ない、だって――とても気さくで、礼儀作法にも無頓着な人だったのよ? パンだってちぎって食べないし、自分のナイフでバターをつけていた」
「それが演技だったら?」
「あり得ない。あり得ないったら。本当に私の叔父なの。顔がきっと似ているだけだよ!」
「あるいは、それが父上の素だったのかもしれないな。俺が見ていた父上はもしかしたら父の本当の姿ではなかったのかもしれない」
アリッサが茶器を置いた。
「そこまで言うなら、イーザラン将軍に詳細を聞いてみたら?」
「残念ながら、あまり知らないだろう」
イーザランは亡命王女と共にこの国にやって来た。猛将として名高く、この国に重用された。 イーザラン自身も安穏とした生活よりは戦地で故国マカルニアを滅ぼした宿敵の国を攻める方を選び、辺境へと旅立った。それはずっと昔のことだ。ユリスやアリッサが生まれる何年も前のことで、父と王女恋愛話を知る由もない。それにたとえ、都にいたとしても、無骨者のイーザラン将軍のことだ。恋愛話など、最後の最後に知って驚くような人物だ。
「その王女の肖像画はないの? その後の話を知っている人はいないの?」
ユリカモメはカルデン卿を思い出す。
「カルデンは?」
「カルデン卿はお部屋にお戻りですが――」
「悪いが呼んでくれないか」
カルデン卿は宮殿の中に私室をユリスより賜り、政務に励んでいた。格段、珍しいことではなく、多くの貴族が宮殿内に部屋を持つ。
「お呼びでございますか」
カルデン卿はまだ三十代、亡きマカルニアの王女の話を知っているかは疑問であるが、ユリスの知恵袋である。いいアイデアをもたらしてくれるだろう。そして現れたカルデン卿は、この時間も政務を執っていたと思われる申し分ない恰好――白いかつらにベルベットのジャケットとズボンを穿いていた。
「夜分にすまない」
「何時でもお召しくだされば参ります」
「心強い」
ユリスは政務の話ではないと断ってから、アリッサとユリスのおそろいのペンダントを見せた。
「これは――我が国とマカルニアの紋章の二つが入っておりますね」
そのことに初めて気づいてアリッサとユリスは灯り近づけ、でカルデン卿を囲って目をこらす。
「あの――無礼とは承知しておりますが、お聞きしてもよろしいでしょうか」
カルデン卿はアリッサを見て戸惑っている様子だ。それもそのはず、二人は親密そうにしていたし、アリッサの手はユリスの腕に乗っていた。常に他人に警戒しているユリスには珍しいことだから、カルデン卿が不思議に思っても当然だった。
「すまない、紹介が遅れた。アリッサ、これは俺の右腕のカルデン卿。カルデン。これはアリッサ・アルバン。アルバン伯の次女だ」
カルデン卿が瞠目し、問うような、咎めるような目をユリスに向けた。当然だ。弟の妻候補をこんな深夜に寝衣のまま自室に連れ込んでいるのだから。
「実は――イーザランが帰国したのは知っているか」
「はい。お会いしました。軍費が足りぬとかで――」
「問題はそこではなかった。あの老人が言ったのだ。ここにいるアリッサは亡きマカルニア王女の娘ではないかと。そしてアリッサは父上を『エデム叔父上』と呼んでいたという」
聡明な男は頭脳を素早く回転させていた。それはなにを意味するのか考えている様子だった。
「私が知るマカルニア王女はとても美しい女性だったということと、多くの貴族が求婚したということくらいです。亡き、母はマカルニアのルーツを持ち、王女のことを誇りに思っている様子でしたから、そんなことを生前、語っておりました」
「父上と関係があった可能性は?」
「ないとは言えません……」
断言は誰もできなかった。ただ、カルデン卿はユリスよりこの宮殿のことを詳しく知っていた。勝手にテーブルからウイスキーをグラスに入れると、一気に飲んだ。
「皇帝陛下はアリッサ嬢をご自身の妹だとお思いなんのですか」
「俺というより……イーザランがな」
アリッサの瞳が痛いほどユリスに向けられたが、彼は無視をしてカルデン卿の次の言葉を待った。彼はグラスを卓に置いた。
「しかし――仮定は成立しません。もし、憶測が正しいならば、アルバン伯はアリッサ嬢を『行儀見習い』などと称して、皇太弟殿下に遣わしません」
確かにその通りだ。ユリスとアリッサが兄妹なら、ジュエルとアリッサも兄妹ということになる。そんなことは倫理に反する。
「宮殿には先帝に仕えた者がおります。その者にお尋ねになりましたら?』
「確かにその通りだな」
ユリスはアリッサの手を握った。二人は兄妹ではないという証人を得なければならなかった。アリッサも期待の目を向ける。カルデン卿は、老侍女の名を上げた。
「マリアという侍女です。今は洗濯係ですが、以前は先帝陛下にお仕えしていました。なにか知っているかもしれません」
「うん? 父上に仕えていたのなら、高級侍女のはず、なぜ洗濯係など?」
「分かりませんが、なにか粗相をしたのでは?」
「うむ」
ユリスはアリッサを連れて彼女の部屋へ赴こうとしたが、カルデン卿に止められた。地下にある侍女たちの部屋は衛生的ではなく、鼠も徘徊しているような場所だ。それに夜間とはいえ、皇帝が行けば、どういうことだと騒ぎになり、噂になる。皇太弟殿下に言いように批難の糸口として使われる可能性がないではない。老侍女をここに呼ぶように侍従に命じた。
「来るかしら?」
「皇帝の命令です。必ず参りましょう」
どれくらい待っただろうか。薄汚いメイド服を着た老婆が頭にボンネットを被って現れた。突然呼ばれて当惑し、そしてなにかに怯えていた。
「聞きたいことがあって呼んだ」
頭を上げられない侍女にユリスは皇帝らしい威厳をもって訊ねる。
「そなたが、先帝陛下に仕えていたマリアだな?」
「はい。その通りでございます」
「マカルニアの亡命王女についてなにか知っているか」
するとマリアはすぐに跪いて震えた。
「お許しください、陛下」
ユリスとアリッサはその怯えに驚き、目を見合わせた。老婆は暗い蝋燭の下でも青ざめているのが分かる。しかし、ユリスには大きな驚きではなかった。なにしろ、先帝はとても厳しく、側仕えも気に入らなければすぐに取り替えていた。言わば、神のような君主で、ユリスを「冷酷」などと人は評するが、実のところ、先帝ほどではなかった。しかし、その恐怖は今は使える。
「正直になにがあったのか話さなければ、分かるな?」
頭を下げたままマリアはコクコクと頷いた。
「そなたはいつから父上に仕えていた?」
「ご即位以前からです……」
「マカルニアの王女、セシリアーヌについて知っていることを言え」
小刻みに震える老婆。言葉を発することもできない。アリッサが見かねて近寄ると、跪いている老婆に手を差し伸べて立たせた。老婆は感謝の言葉を述べたが、アリッサの顔を見ると、大きく目を見開いた。かと思うと再び床に這いつくばった。
「どうしたんですか?」
カルデン卿が代わりに訊ねる。
「お答えせよ。正直に答えなければ、どうなるか分かっておろう。怯えている理由は、先帝陛下なのか、今上陛下なのか――」
老婆はその言葉に少し、勇気づけられた様子だ。怯えていたのは先帝陛下のせいらしい。しかし、もうその人はいない。命令に背いても罰は与えられないが、今上陛下に背けば、今度こそ牢獄行きだ。
「セシリアーヌ王女殿下は先帝陛下の想い人でございました」
「…………」
ユリスは言葉を発せられなかった。
「わたしに似ている?」
「生き写しかと――」
ちらりと瞳を上げた老婆はそう言った。アリッサはどこのあたりが似ているのかを聞きたそうだったが、マリアは口数が少なく、聞いたことしか答えない。ユリスがさらに問う。
「アリッサは父上の子だと思うか――」
「……わかりません。私は、洗濯係に回されたので、それ以降のことは……」
「なぜ、洗濯係に?」
「当時、皇太子であられた先帝陛下のご身辺をバルコール侯に漏らしていたからです……」
「誰だ、それは」
ユリスはカルデン卿を見たが知らないらしい。肩をすくめた。皆の目がマリアに集まる。マリアは無言の問いに答えた。
「バルコール侯は先々帝陛下にお仕えした側近の方で、噂では地下牢にいらっしゃるとか……私もよくは存じません」
カルデン卿が「ああ」と言った。
「陛下、バルコール侯は贈賄の罪で捕まった侯爵です。金額が多額だったため、先帝陛下はお許しにならず、地下牢へと投獄をお命じになられました」
「ふうん」
話を考えて見る。
「つまり――お前は王女と父上の関係をバルコール侯に漏らしたということか?」
「……はい」
「そして、バルコール侯は先生帝陛下に漏らした」
「……おそらく」
ユリスはだいたい飲み込んだ。バルコール侯はユリスの祖父、先々帝に二人の間柄を告げた。もしかしたら、父はそれを恨みに思っていた。それで自身が帝位に就くと、贈賄を理由に投獄した。
――いや、考えすぎか……。
「まだ生きているのか」
カルデン卿はうーんと唸る。
「おそらく。死んだという話は聞きません」
「会えるか」
「地下牢に行かれるのですか
「ああ……セシリアーヌ王女について聞きたいからな」
老侍女はそれに対しても恐れているらしかったが、ユリスを止めることはできない。ただ、彼女は初めて自ら言葉を発した。ユリスにではなく、アリッサに。
「王女の肖像画が皇帝陛下の隠し部屋にあるという噂を聞きました」
「隠し部屋?」
「陛下のご寝室です……」
「どうして知っている?」
「亡くなったバルコール侯爵夫人がそう言っていました」
「なぜ、夫人を知っている?」
「夫人もまた、贈賄の連座を受け、侍女として洗濯場で働いておりましたので……」
ユリスはアリッサの手を引いて、ともにソファに座ると、脚を組んで考えた。とても立ってはいられなかった。
――時系列をしっかり掴まないと……。
まず、おそらくセシリアーヌ王女と皇太子だった先帝は恋人同士だった。しかし、それをマリアがバルコール侯に告げ、バルコール侯が先々帝に告げ口をした。後に即位した先帝は、バルコール侯を贈賄の罪で夫婦共々処罰した。そういうことだろうか。しかし、それでは、アリッサと自分が兄妹であるかは分からない。寝室にあるという隠し部屋も探さなければ――。
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