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その場の最高権力者の登場を前に、皆が畏まる。
「騒ぎが起きていると呼ばれて来てみれば。第一王子ともあろう者がなんと情けないことでしょう。婚約者以外の女性に現を抜かした挙げ句、このような場で一方的に婚約破棄を宣言するとは……。恥を知りなさい、セドリック」
王妃から叱責を受け、セドリックがうなだれる。
「あなたには当面の間、北の塔で謹慎することを命じます」
「承知いたしました……」
衛兵に引き立てられるようにしてセドリックが退出すると、王妃はアルベルティーヌに目を移した。
先ほどとは打って変わって、労るような微笑みを浮かべている。
「アルベルティーヌ、そなたには辛い思いをさせましたね。今後のことは後日、場を改めてお話しましょう。今日のところは帰っておやすみなさいな」
「……王妃殿下のお心遣いに感謝いたします」
優雅な礼を披露し、アルベルティーヌは会場をあとにする。
ホールを出て、人の目がなくなるなり、廊下を小走りに駈け出した。
堂々と振る舞う王妃の瞳の中にちらりと浮かんだ、仄暗い喜悦の色を思い出す。
セドリックの失態に、内心では快哉を叫んでいるに違いない。
数日後に国王が外遊から戻り次第、セドリックの廃嫡が決まることだろう。
そしてほどなくして、アルベルティーヌのもとにはクロード王子との婚約話が舞い込むはずだ。
その前に動かなければならない。
アルベルティーヌは、アルベルティーヌの望みのために。
そのための布石は、一昨日のうちに父に依頼し、すでに打ってある。
「お父様。大至急、安全な留学先をご用意頂きたいの。早ければ三日後には出立できるように。ただね、その前にぶっ潰しておきたい相手がいるので、ご助力頂きたいのです。お父様の可愛いアリーからの、一生のお願いですわ。お父様にお願いしたいことは――」
猶予はそれほどない。
まずは今宵、アルベルティーヌは、囚われの人を救いに行く。
雲が月を覆い隠す中、黒い影が音もなく走る。
次の瞬間、見張りの衛兵が二人、声を発する間もなく昏倒した。
堅牢な扉の前に忍び寄る三つの黒い人影。三人とも、全身黒い衣服に身を包み、顔を隠している。
そのうちの一人が、懐から取り出した道具で錠前を外す。扉に耳を推し当て、しばらく中の気配を探ってから、残る二人にうなずいて見せた。
最も小柄な人影が、それにうなずきを返し、扉に手をかけた。
重い扉を開き、滑るように中に入り込む。
顔と頭を覆う布を取り去ると、燃えるような赤毛が波打ち、緑の瞳が煌めく。
中にいた人物が呆然と目を見開いた。
「ベル、どうして……」
勝気に微笑み、アルベルティーヌは答えた。
「助けに来たわよ、セディ」
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