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「一度この交信を終えてしまうと、二度と私と交信することはできない。そう言ってたわよね?」
他人の頭の中に直接話しかけるという男の異能も、万能ではないらしい。同じ人物と交信できるのはただ一度きり。だから男とアルベルティーヌは、昨日の夜からずっと、交信を繋いだままにしていたのだ。
「だったら最後に、聞いておきたいことがあるの」
『――答えられることならば』
アルベルティーヌは緑の瞳を煌めかす。
「あなたの名前を教えて。恩人の名前も知らないままだなんて、そんな恩知らずにはなりたくないわ」
男は声を発しない。密やかな息遣いだけが頭の中に響く。
「……そう。教えてはくれないのね。いいわ、勝手に予想するから。そうね、まず、あなたは私をよく知っている人。きっと、私もあなたのことを知っている。あなたの声、最初に聞いたときから思っていたのよ。くぐもっていて、声を変えているようだけど、誰かに似てるって」
『……』
「それと、あなたの異能。異能自体とても珍しいものだけど、未来を知ることができるというのはさらに稀だわ。『時』にまつわる異能は、特定の血筋にしか現れない――王家の血筋にしか」
それは公にはされていない事実。だが、すでに妃教育を終えたアルベルティーヌは、そういった王家の秘密の一部についても知らされていた。
「王家の男性で私をよく知る人といえば、国王陛下、クロード殿下、そしてセディ。『時』の異能はあまりにも特殊で強力だから、発現しても公表はしないきまりになってる。だけど、もしセディにそんな異能が発現していたら、婚約者の私に知らされていないとは思えない。少なくとも、セディが他人の頭の中に語りかける異能を持っていないことは確かだわ。残る候補は二人だけど、国王陛下の声にしては、あなたの声は若すぎる」
『……』
それでも男は答えない。
「……ねぇ。私、あなたに会いに行きたいわ。全てが片付いたら。直接お礼を言いたいの」
『……それはできない』
「なぜ?」
『僕は、自由に出歩いたり、人と会える立場にない』
「どこかに囚われているということ?」
『……』
ここでの沈黙は肯定を意味していた。
「だったら私が助けに行くわ。私自身にはたいした力はないけれど、お父様に仕えてくれている影はとっても優秀なの」
『……無理だよ。どんな手を使ったとしても、それは不可能なんだ』
「どうしても?」
『どうしても』
男の声は頑なで、そして悲しげだった。
「……分かった。じゃあ、次で最後の質問にするわ。あなた自身も囚われの身でありながら、貴重な異能を使って私に未来のことを教えてくれたのは、なぜ?」
『それは……君を守りたいからだ、ベル』
優しくて切実な声に、アルベルティーヌは息をのむ。
「あなたは――」
けれどそれを最後に、男の声がアルベルティーヌの頭の中に響くことは、二度となかった。
アルベルティーヌはすぐさま動いた。
二日後の卒業パーティーまでに、話をつけておくべき人物が二人いる。
信頼できる侍女を呼び寄せ、指示を出した。
「大至急、お父様にアポイントを取ってちょうだい。お父様の可愛いアリーから大切なお願い事があるのです、と。それから、男爵家のララ嬢に遣いを。明日、我が屋敷にご招待したいと。いいえ、こちらから出向きましょう。それだけのお願いをするんですもの、礼儀は尽くさなくてはね」
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