走る

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走る

彩乃は雲の彼方まで続くであろう 虹の架け橋を見て首を横に振った。 「無理よ」 「どうして?」 「だってあんなに遠くまで虹は続いてるじゃない。 走っても走ってもカップは手に入らないわ」 「それは、やってみないと分からないじゃない」 「でも、カップがそこにあるという保証もないし」 魔法使いは困ったように眉尻を下げた。 「彩乃ちゃんはどうして諦めたがるの?」 「諦めたがってなんかないわ!」 声が大きくなっていたことに気づき、 彩乃は口を真一文字に結んだ。 何も知らないからそんなことを言えるのだ。 わたしの事情を知らないから。 「彩乃ちゃん、僕は今まで 彩乃ちゃんが頑張ってきたことは知ってるよ。 でもね、休憩しながらでも、歩いてでもいいから ふもとに向かえばきっと幸せを手に入れられる。 僕はそう信じてるよ」 その口調がどこか父に似ていてハッとなる。 「だから、頑張ってほしい」 なぜか、胸の奥があたたかくなって 涙が地面に点を描いた。 そうだ。 いつからだっただろうか わたしが幸せを諦めるようになったのは。 頑張っても、頑張っても報われなくて いつしか彩乃のなかの希望の灯火は消えていた。 お金さえ稼げれば、学校に通うことができれば それで良かった。 でも、彩乃は今気づいた。 自分自身が幸せになりたいのだと感じていることを。 「ありがとう、魔法使いさん。 わたし、頑張ってみる」 彩乃は振り返らずに走り始めた。 「さようなら、彩乃」 魔法使いは悲しげな、しかし嬉しそうな表情になると 無数の光の粒となり小さな竜巻を起こして その場から消えた。 魔法使いは己が死ぬ前から 彩乃がいつも幸せであることを願っていた。 だから、最近の彩乃の姿を見て 励ましてあげたかった。 魔法使いになるための試験を受験し、合格したことで 人の夢の中に姿を見せることを許された。 どうか彩乃の人生が彩り豊かなもの となりますように。 魔法使いは、いや父はそう願った。
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