それは黒い

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それは黒い

黒が行く。 春に産められ捨てられた猫が行く。 黒い猫、両目は潰れ風邪で鼻水が止まらない。人に憐れと見られながら可愛くないからと避けられる。 黒い猫、周りが見えない愚図な猫。足の裏が熱いからとコンクリートを避けた。走る車に出会ったことは一度もない。茂った草の中、湿った土の上にひたすら体を横たえた。 黒い猫、汚れが目立たない汚れた黒。ぺろぺろペロペロ毛繕いをしても、両目は潰れてしまっているから綺麗になったかわからない。だからひたすら体を舐め続ける。 黒い猫が人に見つかった。側溝の中にいた猫は何かで掴まれ持ち上げられた。顔に人の臭い息がかかった。 「汚い! キモい!」 目玉の潰れた猫は放り出された。黒い猫は這って逃げ出す。人は黒い塊に見向きもしなかった。 黒い猫が人に見つかった。駐車場に停められた車の下で伸びていた猫は、珍しく人に声をかけられた。 「ここに置いとくからね」 皺枯れた人は猫のために餌を用意したようだった。平たい皿、骨のついた魚が一尾。生だった。 黒い猫は何時間経っても車の下から出てこない。長い期間、風邪にやられていた猫の嗅覚は麻痺していた。 別の猫がやって来ては魚に口をつけ、その度に吐いていた。魚は既に腐っていた。 黒い猫は腹が減り、仕方がないのでそこらにいた蛙を獲っては食べていた。腹だけはいつもパンパンに膨れていた。 魚を寄越した人は空になった皿を見て満足そうに笑った。 「よしよし」 人は自分が善い行いをしていると酔っていた。 何度皿の上に誤ったご馳走が乗せられても、黒い猫は決して食べなかった。それらは食べ物ではなかったからである。目の潰れた黒い猫にはそれがゴミとしか感じられなかった。 別の人が別の皿で別の物を猫たちに用意した。それはとても良い匂いがした。 猫たちは喜んで集まった。その中に黒はいなかった。黒い猫はまだ鼻を詰まらせていた。 皿の上が空になった頃、食べた猫たちが泡をふき倒れ始めた。毒を盛られたのだ。 黒い猫はそこから去った。嫌に冷たい風を感じたからである。
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