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「名月の愛情が執着に変わっていたとしても、この結末は寂しすぎるだろう」
仁平の閉じた瞼の裏に、英泉の諦めたような笑みが浮かぶ。
名月の———薫の、景藍を心から愛おしむ純真な想いが、黒々とした執着に変わり悲劇を招いたとして。英泉が罪を被れば、名月の思いは純愛のままでいられるとして‥‥仁平は自分のためにも、真実を有耶無耶にするつもりはなかった。
「薫。白い彼岸花の花言葉は、想うはあなたひとり、だよ」
その言葉を聞き、名月は冬の泉のような目で仁平を見つめた。
「そして『彼岸花』の破れた場所には、草冠のようなものと、二本の横線がある。その下に『黒』を入れれば『薫』の文字になるだろう」
仁平が言った途端、懸命に抑えていた感情の箍が外れて、そこから溢れ出したかのように、涙がひと筋、名月の頬を伝って落ちた。仁平は名月が泣くのを静かに見ていたが、やがて言った。
「ここできみが否定すれば、先生は多分きみを庇って捕まる」
「‥‥どうして?」
「薫が景藍さんにとって大切な人だからだ」
涙を流しながら俯く名月に、仁平はたたみかける。
「自分が黒だと認めなければ、愛する人からの『愛している』が、他人のものになってしまうよ」
顔を上げた名月の目に新しい涙が溢れた。言葉にできない思いが嗚咽となって、名月の口からこぼれた。仁平は名月の骨ばった肩に手を置き、そっと抱き寄せる———驚くことに、彼女は抵抗しなかった。
ひとしきり仁平の胸で泣いたあと、名月は「私が殺したの」と呟いて、手の甲で涙を拭った。
「『彼岸花』を渡したと聞いたとき、先生は英泉を愛しているのだと思ったわ。二人とも昔から仲が良かったでしょう。女の私じゃあ英泉に勝てないから殺したの。だって殺せば先生は誰のものにもならないでしょ?」
名月はそこで初めて微かな笑みを口元に寄せた。仁平は両腕で強く名月を抱きしめた。景藍の愛に気づかず、殺してしまった名月のショックは測り知れない。これだ、と仁平は思う。自分が待っていた好機はこの瞬間だったのだ。
「大丈夫。薫がどんな罪を犯しても、僕はきみの味方だから」
他人の気持ちを踏み躙ってでも、名月をものにしたい———そう思う自分の恋心は、美しい色をしていないだろう。
色んな感情が混ざり合い、黒く澱んでいる。仁平はそう感じずにはいられなかった。
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