あいに染まり、黒に落ちる

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 名月が来る少し前、英泉は『彼岸花』を見つめて言った。そして、景藍のことをゆっくりと打ち明けたのである。  どんなきっかけがあったのかは知らないが、名月は景藍に恋愛感情を抱いていた。そして、景藍もまた名月に惹かれていたと。  その気持ちが恋愛感情だと気づいたのは、景藍が末期癌と診断されたのと同時期だった。  今から三ヶ月前のことだ。  その話を聞いた英泉は名月に気持ちを伝えるよう勧めたが、景藍は頷かなかったという。余命幾許もない自分と結ばれたところで、名月は幸せになれない。だから気持ちを伝えない代わりに『彼岸花』を描いた。英泉は画賛に『薫』の文字を入れたと聞いていたが、景藍が持ってきたときには既に破り取られていたという。 「もうすぐ死んでしまう私が、この絵を描く資格なんてないのよ。だって、これから薫ちゃんをいっぱい泣かせることになるんだから」  破れた『彼岸花』を見て首を傾げる英泉に、景藍は笑顔で言った。そして、癌のことを名月に話したかと問うと、「さすがにもう入院しないといけないみたいだから、今夜話そうと思う。『彼岸花』を渡したこともね」と寂しそうな顔をしたという。 「じゃあ黒さん、あとは頼んだわよ。『彼岸花』も薫ちゃんのことも」  そう言って去って行く景藍の背中に、英泉は胸騒ぎを覚えた。愛する人が不治の病を隠していたうえ、最期の作品を他人に渡したと知ったら、名月は怒るのではないかと。いや、怒るだけならまだしも、もっと恐ろしい手段に出るのではないかと疑った。だから事件の夜、嫌な予感がして家に駆けつけたのだった。
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