あいに染まり、黒に落ちる

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 いったいどちらが白で、どちらが黒なのか。  事件の話しを聞いてから、仁平はそんなことばかり考えていた。  景藍と仲の良かった英泉が殺すわけがない、と思いつつも、事件のあった日は外出していてアリバイを証明することはできない。名月のほうも、黙秘を貫いているとのことだった。  やはり、名月が黒か?   そう呟いてスマホに触れると、仁平のくもった瞳に開いたままのウェブサイトが映った。真ん中の写真には名月が立っており、後ろには公募展で賞を取った絵が写っていた。黒い背景に紫陽花が咲き乱れるさまは幻想的で美しく、どこか名月に似ている。  彼女は中性的なすっきりとした顔立ちで、髪も首も指もほっそりと儚げである。同じ美大に通っていた時代は、そのミステリアスな雰囲気に惹かれる男も多かった。  仁平もその一人である。同じ年であるはずなのに、やけに落ち着いているところがかえって魅力的に感じたものだ。  しかし気持ちを伝えようとは思わなかった。いや、伝えることができなかったのである。在学中に暴行事件に遭い、名月が男性恐怖症を発症した所為であった。幸い、事件の以前から仲が良かったおかげで避けられることもなく、互いに三十を過ぎた今も、友人としての付き合いが続いている。  仁平自身もこの関係に満足しているはずだったが、景藍の付き添いで名月が英泉邸を訪れるたびに、風化していた恋心が再び熱を持ちはじめた。   そして、彼女の男性恐怖症を治したいと思うのに、時間は掛からなかった。名月と結ばれたい一心で、仁平はさまざまな公認心理師の著書を読みあさり、そして、一つの結論に辿り着く。
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