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暴力事件と同等の、いや、もっと大きな精神的ショックを与え、ひどく傷ついた名月に寄り添うのはどうだろう。そうすれば男の自分でも、名月にとってかけがえのない存在になれるのではないか。
「薫、僕は‥‥」
画面に映る名月の顔を撫でながら、仁平は雅号ではない、彼女の本名を口にした。それは、学生時代を彷彿とさせる懐かしい響きであった。
コン、コンッ
車の窓を叩く音がして、はっと我にかえった。スマホから視線を上げると、傘をさした英泉が立っていた。恰幅の良い身体に藍地の着物。見慣れた装いだが、一回り小さく見えるのは取り調べのせいだろうか。
「景藍の口から、パケ袋に入った紙が出てきたんだと」
車を出してまもなく、後部座席の英泉がポツリと言った。
「もしかして、ダイイングメッセージですか? 似たようなものをサスペンスドラマで見たことがあります。殺害される直前、被害者が犯人の特徴を伝えるために、手掛かりを残すんですよね」
そう言って、バックミラーに映る英泉を見た。英泉は顎の髭を触りながら苦い顔をしている。
「ああ、刑事さんも写真を見せながら同じことを言っていたよ。‥‥紙に書かれた文字が犯人の名前を示しているんじゃないかって」
「‥‥それで、何と書いてあったのですか?」
「黒とな」
仁平は絶句して、なかなか言葉を繋げられなかった。景藍を含め、英泉と親しい友人は彼のことを黒さんと呼んでいる。まさか、景藍は死ぬ間際に犯人の名を———黒田英泉の頭文字を残した。なんてことはないだろうな。
バックミラーに映る英泉に、黒い影がちらつき始めたように思えた。
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