あいに染まり、黒に落ちる

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「どうした? 急に黙って」  真っ直ぐ前を見つめる仁平に、英泉が話しかける。 「黒、と聞いて驚いたか」 「‥‥先生は殺していませんよね。ここで否定してもらわないと、僕も正気でいられません」  仁平はバックミラーを睨みながら尋ねた。    「まあ、俺が殺したようなものかもしれないがな」英泉が力なく笑うと、「どういう意味ですか」仁平はそう言って、眉間に皺を寄せた。 「どうって、そのままの意味さ」  その言葉を聞いて、仁平の胸の内にある予感がよぎった。『殺したようなもの』ということは、自ら手を掛けたわけではないけれど、何らかの形で景藍が死ぬ理由を作ってしまった———とも考えられる。  景藍の殺害理由は怨恨。ならば、公私ともに仲の良かった英泉を敵視し、嫉妬心を拗らせた犯人が景藍を殺害。英泉を犯人に仕立て上げることによって、怨恨を晴そうとしているのだろうか。 「まるで犯人を知っているような言い方ですね」 「そう捉えてもらってもかまわないよ」 「もしかして庇っているのですか?」 「俺は、あの『彼岸花』を仕上げてくれと託されたんだ。彼女の願いを叶える使命がある」 「先生。絵を仕上げることと、犯人を庇うのは別です。それとも『彼岸花』の他にも託されたものがあるのですか?」  心に抱いていた疑念を、仁平は口にした。  英泉は気まずそうに目を伏せる。痛いところを突かれた、という表情だった。 「僕にも『彼岸花』を見せてください」  いくら弟子であっても、いや、弟子であるゆえ、師の許可無しで画室に立ち入ることは禁じられている。だからこそ、仁平は『彼岸花』を見たことがなかった。  仕方なし、といったふうに頷く英泉をバックミラーで確認しながら、英泉の容疑を晴らすためには、もはや、自分の手で犯人を見つけるしかない、と仁平は思う。  彼岸花———景藍が英泉に託した作品に、真実が隠されている予感がしていた。
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