1人が本棚に入れています
本棚に追加
1
十歳になる息子が、犬の遠吠えみたいな声で泣くようになり、夜はちっとも眠れやしない。
犬に恨まれる覚えなんかないし、むしろ犬好きだから正反対だ。
自分よりも息子といる時間が長く、半ば「ワンオペ状態」で任せっきりにしている妻も、やはり心当たりはないと困った顔で言う。
本人はどうなんですか、息子さん自身はとたずねると「確かめるべきだとわかってはいるんですが」とAさんは声を濁した。
同じクラスで机を並べるYという男子生徒の家族が住むマンションはペット可物件らしく、息子さんはよく遊びに行くという。
帰宅すると細くてやわらかな、薄茶色の毛がついていることが、しばしばあるそうだ。
僕も犬が欲しい、と息子さんにねだられるけれども、Aさんは首を縦に振ったことがない。
「息子は、なんというか……僕もわかってはいるんですが、自分より弱い者を守るという気持ちが少ないというか……」
要するに、自身が抱えるストレスや苛立ちみたいなものを、弱い相手へぶつける傾向があるそうだ。
Aさんが捕まえた蜻蛉を、目の前で羽根をむしり、ぐしゃぐしゃと握りつぶす。
最初のコメントを投稿しよう!