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 十歳になる息子が、犬の遠吠えみたいな声で泣くようになり、夜はちっとも眠れやしない。  犬に恨まれる覚えなんかないし、むしろ犬好きだから正反対だ。  自分よりも息子といる時間が長く、半ば「ワンオペ状態」で任せっきりにしている妻も、やはり心当たりはないと困った顔で言う。  本人はどうなんですか、息子さん自身はとたずねると「確かめるべきだとわかってはいるんですが」とAさんは声を濁した。  同じクラスで机を並べるYという男子生徒の家族が住むマンションはペット可物件らしく、息子さんはよく遊びに行くという。  帰宅すると細くてやわらかな、薄茶色の毛がついていることが、しばしばあるそうだ。  僕も犬が欲しい、と息子さんにねだられるけれども、Aさんは首を縦に振ったことがない。 「息子は、なんというか……僕もわかってはいるんですが、自分より弱い者を守るという気持ちが少ないというか……」  要するに、自身が抱えるストレスや苛立ちみたいなものを、弱い相手へぶつける傾向があるそうだ。  Aさんが捕まえた蜻蛉を、目の前で羽根をむしり、ぐしゃぐしゃと握りつぶす。
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