届けたい〇〇

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「ねえ、ねえ。もう出来た?」 「ちょっと待ってよ、急がせないでよ。今、一番大事なところなんだから!」  どろどろに溶けた材料どうしが反応しあって、とくに煮込んでいるわけではないのに、ぶくぶくと泡が湧き上がっている小さな鍋の、なにやら怪しげな色の液体。  あとは、これに友達のレムちゃんの髪の毛を溶かし込めば完成する、惚れ薬。むふふ、われながら自分の才能にほれぼれしてしまう。  私の幼馴染で大親友の女の子、レムリアム・バイゼン。内気な彼女が人生の全てをかけて好きになった男の子は、都のはずれに住んでる男の子、そばかすがまだ残っているけど、メガネの奥に光るものをもつ、ジョン・スタイン。  レムちゃんは、来週開かれる、王都主催の若い男女合同のパーティで、ぜひ彼とペアになりたいのだって。  そのために私たち二人で考えついたのが、『美味しいパイと惚れ薬でジョンの心はレムに首ったけ』大作戦。  天才魔法使いの私が作った惚れ薬を、王都一番と評判のパン焼き名人であるレムちゃんが愛情たっぷりこめて焼いたちょー美味しいパイに振りかける。  この惚れ薬パイを何も知らないジョン君に食べさせるのは、私のもう一人の幼馴染のタローの役目。ジョンとタローはなぜか気が合うらしく、いつも二人でつるんでる。  そこに目をつけて、私は幼馴染のタローを半ば強制的にこの作戦に引き込んだ。  「本当に大丈夫かしら?」 「大丈夫だよレムちゃん。この作戦は完璧よ」 「パイ、持ったか?」 「ええ、ほらここにあるわタロー。か弱い乙女たちに持たせないで、あんたが持ってくのよ」  こうして、私と幼馴染のタロー、それに、恋の大作戦がうまくいくかドキドキが止まらないレムちゃんの三人は、焼き立てのパイを胸に愛するジョンの家に向かうことに。  ★ 「おい赤目、あの三人動きが変じゃね?」 「そうだな青目の兄貴。紙袋を大事そうに抱えてる男子を守るように、女子が二人。一人は魔法使いで、もう一人は聖女のようにブツブツと祈りながら歩いているぜ」 「あの紙袋、きっと大事なものがはいってるんだ。あの男はきっと剣士か勇者なんだろう。見た目は若いけど、あの三人組はきっと名のある勇者パーティだな。それで、あいつらがダンジョンで手に入れた秘宝を密かに国王に届けに行く──、とかとか」  惚れ薬入りパイの入った包みを大事そうに抱えるタロー。  惚れ薬を取られないように周りを警戒しキョロキョロする魔法使いのシェリー。  恋の大作戦がうまくいくように両手を合わせてお祈りを続けるレム。  こんな三人の不審な挙動を目にした、王都のならず者たちのリーダーである青目と赤目の兄弟は、彼らが国王に献上する金目の物を運んでいるのだと勘違いする。  三人組がジョンの家に向かうために大通りから横道にそれると、それを待っていたかのように、彼らはグループで三人組の前後をふさぐ。そうしてから、青い目をした大男が巨大な剣をこれでもかと見せびらかしながら、押し殺したように声をだす。 「おい。お前たちが大事そうに持っている包みを黙ってそこに置いていけ。そうすれば、命だけは取らないでおいてやる」 「ちょ、これは──」 「そうよ、これは普通のパイよ。けっして怪しい薬がかけてあるパイなんかじゃないから!」 「愛する人に食べてもらいたくて一生懸命焼いたの……」  三人組は、パイの入った包みを守るように固まりながらならず者たちに反論する。 「青目の兄貴、どうやら包みの中身は恋人に食べてもらうために焼いたパイみたいですぜ。どうしますか?」 「ばかやろう。そんな、パイのひとつやふたつを好きな男に届けるのに、なんで三人組のパーティを組んでるんだ? いかにも怪しいじゃねえか」  ボン!  ボン!  ボン! 「うわああ、ゲホゲホ」  リーダー格の青目と弟の赤目が二人でひそひそ相談していると、そのスキを利用して魔法使いのシェリーが火炎魔法をならず者たちにぶっ放す!  彼らがひるんで包囲網が崩れた場所を強引にかけ抜ける三人組。 「ジョンにちゃんと届けるのよ! あいつらは私が抑えるから」  魔法使いのシェリーは、パイの包みを抱えて走りだしたタローとレムを守るように列の後ろにさがると、ならず者に対して攻撃魔法をかけ始める。 「乙女の恋路を邪魔する奴は許さないんだからね、えい!」  ドッカーン!  ボン、ボン! 「ウワァアアアー」  あわれ、ならず者達はシェリーの魔法の餌食に。  ★ 「ああ、いいにおいがする。これは焼き立てのパイですね」  着の身着のままの格好で、小さな子供をかかえ、おなかを空かせた女性が、裏道から逃げてきたタローとレムに声をかけてきた。 「どうかお願いします。夫に追い出されてしまい何も食べていないのです。そのパイを一口分けてもらえませんか?」 「あ、えーと──」 「ごめんなさい、実はこのパイはどうしても好きな男の人に食べてほしいんです。だから、その人に届けたいんです。それに、実はこのパイ、惚れ薬がはいってるし……」  レムは、女性と子供に対して申し訳なさで心を痛めながら、ブンブンと両手を左右に振って断りの返答をする。 「良いよ、レムちゃん。オレの食べる分をこのおばさんと子供に上げようよ。そもそも、俺が食べる場所には惚れ薬入っていないんだろ?」  レムの肩をポンとたたいて彼女を慰めると、タローは包みから自分が食べるはずだったパイをとり出す。そしてそのパイを女性と子供に近づいて当然のように手渡す。  子供が嬉しそうにパイをほおばると、母親は涙を流しながらタローに向かって頭をさげる。 「大丈夫、残りはジョンに食べさせちゃえば良いんだろ! 俺がジョンを羽交い絞めするから、レムちゃんはジョンの口に無理やりパイを突っ込めばいいんだよ。そうしないと、オレがシェリーに怒られちゃうものな。なんとしても、恋の大作戦、成功させようぜ」  いたたまれなくなって、うつむいていたレムの頭の上から、タローの明るい声が響く。  タローは、レムの手を強引につかんで、惚れ薬入りのパイの残りが入った包みを握りしめると、ジョンの家に向かってラストスパートをかける。  惚れ薬が入っているパイ、大好きなひとのために思いを込めて焼いたパイ、そして、それを焼いた女の子を、届けるために。 (了)
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