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「それで、どうだったんですかぁ? 舞子さーん」
キラキラと目を輝かせ、弥生が舞子にマイク(を象ったおしぼり)を向ける。
「黒瀬君に告白されたんですかぁ? 真相はどうだったんですかぁ?」
「・・・・・」
マイク状のおしぼりを向けられた舞子は、
にこやかに微笑み、やんわりと弥生の追及をいなす。
「いやいや、まぁまぁ・・・」
なんか、大変なところに来てしまった。
変な話の渦中には、巻き込まれたくない。
「どうなんです? 舞子サンっ!」
「だから、黒瀬くんの言ったとおり。はい、この話は終わり、オワリ」
舞子は苦笑いで突きとおす。
「チョットぉ! そんな答えで、ワタシらが納得すると思ってるんですかぁ?」
弥生は追及をやめない。
確かに和樹の言ったとおり、弥生は『度を越してふざける』ところが、あるのかもしれないと舞子は思う。
よく見ると弥生の前にはお銚子が2本、横たわっている。
もう日本酒にまで、手を付け始めたようだ。
酔っ払って、ふざけて、騒ぎたてる。
この娘は、相当な飲ん兵衛なのだろう。
「えーっと・・・おーい、寮長さーん」
舞子が両手を振って、寮長に助けを求める。
こういう場合、最年長に収めてもらうのが得策だ。
「寮長さーん」
「あらヤダ」
気づいた寮長が、弥生と舞子の間に割り込んできた。
「ごめんねぇ、舞子ちゃん。この子達は飲むと、すぐにこうなっちゃうの。もう無視して?」
寮長が「メッ」と睨みを利かせるようになると、
弥生も、鼠屋もおとなしく言うことを聞く。
その様子を見て、和樹もホッと胸をなでおろした。
ただ1人、紺堂だけは空の湯呑をカラカラと鳴らし「チンチロリン、チンチロリン」とつぶやいてはいたが。
◆◆◆◆◆
寮長の『睨み』のお陰でなんとか場がおさまり、
雰囲気も改めて、舞子に寮の住人を紹介する。
ようやくまともな、新入寮生の歓迎会になる。
舞子がはるばる九州からやってきたのは、ここ『東斗独身寮』。
星色化成の本社工場から電車で4駅のところにある、2階建て8部屋のアパートを、会社で借り上げたものだ。
部屋はそれぞれワンルーム、家賃は補助込みで月額15,000円。
1階の101号室に住まうのが、寮長。
赤澤 譲司。年齢および性別は不詳。
髭は濃いが、心は乙女。
性別は不詳だが、和樹に言わせると『ソレ』らしい。
気さくで話しやすく、男気があり、かといって女性らしい気遣いもでき、そんなところが頼りになる最年長。
ひとこと挨拶「何か困ったことがあったら、何でも言ってね」
寮長の隣、102号室に住むのが茜田 弥生。
営業部 業務課の26才。
年齢は和樹と同い年だが、高卒で入社したので和樹より2コ先輩。
身長は149cmと小柄で、肩に触れる程の明るい茶髪を、編み込み風にアレンジしている。
見た目からすれば、とびきりキュートな女の子。
しかしその実態は、何よりも飲み会大好き系女子で、おごってくれるならば、どんな飲み会であっても断わらない。その可愛らしい見た目に反し、その実、ものすごい飲み助だ。
ひとこと挨拶「舞子さんが来てくれて、よかったー。女子が増えて」
弥生の隣の103号室は、空室らしい。
1階の一番奥の部屋、104号室に住むのは鼠屋 城史郎。
色白でガリガリ。日焼けに弱いのでどこへ行くにも日傘が必須。彼女イナイ歴33年の33才。
女性にモテない分、風俗でそっちの方を晴らす。
いつなんどきも風俗へ通っているので、弥生からは『近くに寄ると子供ができる』と変な言いがかりをつけられ、絶対に隣の部屋には住みたくないらしい。(だから103号室が空室なのだ)
職場は和樹と同じ技術部で主任を務め、意外と実力はある。
ひとこと挨拶「白咲さん。このダンディな鼠屋に、お任せください」
2階へ移り、一番手前の201号室に住むのは紺堂 遼。
ゲジゲジ眉毛で肌は浅黒く、近所の『チンチロリン倶楽部』にハマっている。
鼻息が荒いためポーカーは勝てない。それでもやめられず、お金などあるはずがない。
製造部 機械課の旋盤職人。34才、主任。腕は確からしい。
ひとこと挨拶「舞子ちゃん。絶対にもうかるから、馬主にならない?」
2階の202号室に住むのが黒瀬 和樹。技術部 開発課の26才。
高専の頃からロボットアニメが好きで、今でもプラモデルを作っている。
寮の中では最年少なので、いつも周囲の先輩にからかわれているが、それでもめげないところが、ただのお人好しではない。
プラモデルとネットゲームを愛する、オタクエンジニア。
ひとこと挨拶「お久しぶりです。これからも、よろしくお願いします」
和樹の隣に引っ越してきたのが203号室の白咲 舞子。
和樹と同期だが、2才年上の28才。
栗色の長い髪に緩くウェーブをかけ、分別のあるOL系ファッションを身にまとう落ち着いた女性。
福岡出身なので、入社してから6年間ずっと福岡支店。業務管理部と言えば聞こえがいいが、その実態はなんでも屋だった。
このほど福岡支店が業績不振により縮小。なんの関わりもない、本社 知財部へと転属となった。
ひとこと挨拶「東京に住むのは初めてなので、いろいろと教えてください」
最後に、2階の一番奥の部屋に住んでいるのが、204号室の土橋 幸秀というらしい。
彼は製造部 製造課に所属し、今日は夜勤シフトだったようで歓迎会には参加できなかった。
「はい、じゃあみなさん、これから一緒に住むことになった白咲舞子ちゃんに、分からないことがあったらみんなで教えてあげてね」
舞子の歓迎会も、宴もたけなわ。
こころもち髭が濃くなってきた寮長が、最後の言葉を締めくくる。
「これから、よろしくお願いします。4月1日から本社勤務になりますので、会社とかですれ違ったら、挨拶してください」
舞子はペコリと頭を下げ、寮生は拍手で迎える。
舞子が顔を上げると、和樹と目を合わす。
寮生の中に、気の知れた同期がいて、まだよかった。
ここの寮生は、クセが強すぎる。
オネェの寮長。
風俗通いの白ねずみ。(子供に注意)
ギャンブル中毒、ゲジゲジ眉毛。
飲んだくれのはっちゃけ娘。
舞子は、こんな環境でうまくやっていけるのか、
これからのことを思うと、不安でしかなかった。
◆◆◆◆◆
このお語は、
知財部の慣れない仕事に悪戦苦闘する舞子と、
そんな舞子に、ほのかな想いを寄せる和樹の、
魑魅魍魎とした星色化成 独身寮で繰り広げられる、奇妙奇天烈な物語。
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