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キーンコーン・キーンコーン・キーンコーン
朝の本社事務棟、3階のオフィスに控えめなチャイムが鳴る。
9:00になって、始業の合図だ。
「じゃあ、よろしく。白咲君」
チャイムが鳴り終わると、改めて黒スーツの彼が顔を上げ、声をかけてきた。
「はい。知財の仕事は初めてですので、慣れないですが精一杯がんばります。よろしくお願いします」
舞子は席を立って、男性に向かい深々と頭を下げる。
黒スーツの男性、彼の名は朱雀 純之介だと自己紹介した。
この知財部で10年以上働き続けてきた、係長。
朱雀はまず、現在の知財部が置かれている窮状を聞かせてくれた。
今の今まで知財部は、ずっと彼と、上司の御茶山部長の2人で、知財と法務に関する業務全般をこなしてきたそうだ。
知財の仕事は、技術部から上がってくる発明等を権利化する仕事はもちろんのこと、特許庁や特許事務所から送られてくるオフィスアクションの対応、知財の侵害調査、営業部から来る問い合わせやその対応、契約関係も行うので総務部からの法務チェックなど、その仕事は多岐にわたる。
ところがそういった様々な経験を持つ御茶山部長は、今年の年が明けて突然に脳血管疾患で倒れ、緊急入院することになった。
現在も入院中で、58才という年齢を考えると、もう職場復帰は難しいかもしれない。
このような状態で、知財部には朱雀ひとり。
どうすれば知財部の仕事を回しきれるのか。
・・・・・
そんなとき、福岡支店縮小の話を聞く。
もう、彼にとっては藁をも掴む状態。
「誰でもいいから、人を補充してくれ」そう、人事課に訴えたそうだ。
--私って『誰でもいいから』って人材なんですねー
彼の説明に、舞子はなんとなく引っ掛かりを覚える。
別に舞子だって、福岡から東京の本社に呼ばれたとき、会社を辞めて地元の企業に転職することだってできた。
それをしなかったのは、舞子が縁故入社だったから。
舞子の父親が元福岡支店長で、大学4年のとき突然内定を破棄された舞子を、滑り込みで採用してくれたこの会社に、義理があったから。
慣れない土地に飛び込む。
決死の思いで、住み慣れた福岡から東京へ出てきたのに、
『誰でもいいから』なんて言われると、なんだかやる気も萎える。
「白咲君は『知財の仕事は初めて』と言っていたね」
朱雀が、舞子に鋭い眼光を向ける。
見た目はキリリと勇ましいが、愛嬌はない。
「はい」
「では聞くが『知財』のことは、どこまで知っている?」
「はい。『特許』『実用新案』『意匠』『商標』の4つがあります」
舞子だって、異動が決まってから少しくらいは事前にWebサイトを見て調べた。
今までまったく接点のなかった世界だが、これから自分の仕事になるのだ。
それくらいの責任感は、舞子だって持っている。
知財には次の4種類の権利がある。
まず『特許』
自然法則を利用した、高度で利用価値の高い発明。それを保護する制度だ。
権利期間は20年。
次に『実用新案』
物品の形状、構造、組合せに関する考案を保護する制度。特許と似ているが、保護の対象が異なる。
審査がなく速やかに登録できる反面、権利期間は10年と短い。
そして『意匠』
独創的な美感を有する物品の形状、模様等のデザインを保護する。
権利期間は25年で長い。
最後に『商標』
商品・サービスを区別するために使用する名称やマーク、いわゆる『ブランド』を保護。
権利期間は10年ごとに更新でき、永遠に存続できる。
こんな慣れない用語を、暗唱できるまでに覚え、
そして、いちおうは理解した。
福岡から来ておいて『使えない女だ』とは、思われたくない。
「4つ?」
朱雀の、眉が上がる。
「はい」
「4つじゃない・・・と言ったら?」
「は?」
「まぁ、正解は4つじゃないんだが、だとすると残りは何だと思う?」
「4つだと思っていたんで・・・分かりません」
「・・・・・」
朱雀はあきらめ顔で首を振る。
そんな目で見ないで欲しい。
--だって仕方ないじゃないですか!
昨日まで、知財に関わって生きて来なかったんですから!
「勉強が必要だな」
朱雀がポツリとつぶやく。
「はい。がんばります」
「じゃあ、お得意の『産業財産権』の話だが」
「さ、産業ざい?」
「特許とは、何だ?」
そう、朱雀は問う。
これだ。
舞子はこれを、事前に勉強したのだ。
ひととおりは答えられる。
「はい。特許とは、産業に利用できるアイディアを発明として、特許庁に登録するものです。企業はそれを独占的に使えるようにするためです」
舞子は、はきはきと、一夜漬けで叩き込んだ知識を口にする。
「ほう、だいたい合っているな」
「はい」
やっと偏屈男にほめられて、舞子も嬉しくなる。
「じゃあ、実用新案は?」
「はい。物品の組み合わせなどの考案で、特許よりも程度が低いものです。権利期間は特許より短いですが審査が早く、権利が取りやすいです」
「フムム・・・」
朱雀の表情が曇る。
何か、間違ったことでも言ってしまったのだろうか?
「では、意匠は?」
「製品のデザインに関する権利です。権利期間は長く、25年です」
「そう」
朱雀が即答したので、舞子もホッとする。
「最後に商標」
「えー、ブランドとか、会社名や商品名みたいな、そうですね。ブランドの価値を保護するためのものです」
「権利期間は?」
「はい。10年ごとに更新して、ずっと権利を継続できます」
「よぅし」
そう言うと朱雀はポンと手を打つ。
「『実用新案権』以外は、だいたい分かっているようだな」
「あー、実用新案は、どこが足りなかったですか?」
とりあえず、分からないことは知っている上司に聞く。それが、早道というものだろう。
「実用新案ね・・・」
朱雀は渋い顔をする。
「白咲君は『特許』と『実用新案』は、どう違うと思う?」
そんなことを、いきなり朱雀は聞いてきた。
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