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「白咲君は、特許と実用新案は、どう違うと思うかい?」
朱雀は、そんな質問を舞子に問いかける。
『特許』と『実用新案』
その違いは『発明』と『考案』の差だ。
『発明』とは自然法則を利用した高度な発明のことを指し、『考案』は物品の組み合わせなどを規定することを言う。
そして権利期間も違う。
特許は20年、実用新案は10年だ。
舞子はWebサイトで得た知識から、それらの違いを朱雀に説明する。
「規定上はそうなっているのだが」
朱雀は難しい顔をする。
「大事なのは、それを企業としてどう使い分けるのか? ということ」
「使い分け・・・ですか?」
「それが、我々知財部の仕事っていうものだろう」
なかなか難しいことを問うものだ。
でも、
仰ることはなんとなく分かるし、おそらくそれは間違ってはいないだろう。
でも、急にそんなこと言われても。
舞子は付け焼刃で得た知識を元に、ない頭を振り絞って、なんとか答えに結び付ける。
「まず、発明の程度の違いですか? 高度な発明は『特許』にします。権利期間が長く取れて当社に有利になるからです。逆に、高度でない考案は『実用新案』で取ります。あと、ものによってはすぐ権利が取りたい場合とか、権利期間が短くていい場合は『実用新案』にする、そう使い分ける・・・で、どうでしょうか?」
舞子は朱雀に問いかける。
概ねは、間違っていないはずだ。
だって、Webサイトなんかにはそう書いてある。
「白咲君」
ひととおり舞子の回答を聞いた朱雀は、冷静に視線を向ける。
「はい。どこか違っていましたか?」
「『どこが違う』と言うよりは・・・」
「はい」
「君の、今言った使い分けは、当社の『特許』と『実用新案』の使い方とは、全く違う」
「は? まったく?」
なぜ?
色々なWebサイトを見ても、概ねどこものそんなようなことを書いてあったはずだ。
それが
『まったく違う』とは。
何ごと?
「え? じゃあ、ウチの『使い方』って言うのは、どんなのです? 教えてもらっていいですか?」
「星色化成流の知財の使い方、ということになるが」
「はい、お願いします」
「今から言うことが、ここでの『答え』だ」
「はい」
舞子はカバンからノートとペンを出して、メモを取る準備をする。
「いいか、白咲君」
「はい」
「特許と実用新案は『どう取る?』ではなく『どう使う?』だ」
「使い方、ですか?」
「実用新案権は、君ならどう使う?」
「えーっと・・・」
舞子は、Webサイトで得た知識を、フル動員させる。
「独占期間が10年ありますから、その間に他社が真似してきた場合に、差し止めを請求します。それか、実施権としてロイヤリティをもらうか・・・」
自分でも、いい答えが言えた気がする。
Webサイトで得た知識が今、知恵となって行動につながったような気がした。
「ところが、だ」
朱雀が、目を細めて舞子を睨む。
「それができないんだ。実用新案は」
「は?」
「実用新案は、そのままでは『差し止め請求』も『ロイヤリティの交渉』も、できない」
「・・・と、いいますと」
「実用新案は無審査で登録されるのは、先ほど君が言ったとおりだ。だから、簡単に言うと訴訟を起こしてから、本番の審査が始まるということだ」
「はい」
「審査の結果、公知の文献があって、実用新案に効力がなくなるときもある」
「・・・・・」
あっ、と舞子は思った。
「相手に訴訟を起こしてから、審査してみたら、実用新案に効力がなかった。すると、どうなる?」
「それは・・・」
「相手側は怒って『訴訟を起こされて、ウチの商売を邪魔された!』と、逆に訴訟を起こされかねない」
「訴訟を起こそうと思ったら、逆に向こうから訴訟を起こされて・・・」
「そう」
朱雀の瞳が、不敵に光る。
「だから、実用新案権は『使えない』」
ゴクリ
そう、舞子ののどが鳴った。
「知財を『どう使うか』、それが我々の問題だ。そこで実用新案が『使えない』のであれば、物品の組み合わせレベルの考案は、どうすれば良いと思う?」
朱雀が、舞子に問う。
「実際に効力が使えないんじゃ、実用新案権はあきらめるしか、ないんでしょうか? それとも一応は、権利として取っておくとか」
「いや、違う」
「と、いうと?」
「その考案を、特許として取得するんだ」
「は?」
「特許として権利を取得すれば、それは特許庁が審査しているから、すぐに効力が発揮できる」
「で・・・でも」
なんか、Webサイトに書いてあることと、朱雀の言っていることが、違う。
「物品の組み合わせレベルの考案は『実用新案』で、『特許』にはならないんじゃないですか?」
「そこ」
朱雀が、人差し指に力を入れる。
「それこそが、知財部の仕事」
「は?」
「物品の組み合わせレベルの『考案』を、特許として、高度な『発明』として成立させる。それが、知財部の『腕の見せどころ』というものだ」
なんだか言っていることが、
分かるような、
それでいてよく分からない。
『物品の組み合わせレベルの考案』が『高度な発明』に、『特許』になるのだろうか?
それは、もしかして
『法の抜け道』とか言うヤツなのだろうか?
とにかく異次元の話をされているようで、
舞子にはピンと来ない。
「・・・それって、私にできるのでしょうか?」
舞子には、不安しかなかった。
それを素直に、ぼんやりとつぶやく。
「できない、だろうな」
朱雀は即答。
「ですよね」
「でも、それをするのが、これからの君の仕事だ」
「・・・・・」
--そんなこと・・・私に、できるのだろうか?
「それには、差し当たり何をしたら良いと思う?」
「べ、べっ・・・勉強ですか?」
しかし、どんな勉強をすればよいのか、見当もつかない。
「まずは、知的財産管理技能検定」
「はい」
それは、聞いたことがある。
3級、2級、1級とある特許管理の国家資格だ。
「白咲君。まず君は、知的財産管理技能検定の2級をクリアするんだ」
「に、2級?」
「2級の知識があれば、先ほど私が言ったことの、スタートラインに立てる」
国家資格である知的財産管理技能検定には3級、2級、1級とあって、
知財の素人である舞子に、いきなり2級は無理と言うもの。
「いきなり2級はチョット・・・3級じゃ、ダメですか?」
「知的財産管理技能検定の3級を持っていて、いったい何ができる?」
「そうは、おっしゃっても・・・」
「できるとしたら、転職に有利に働くだけだ」
朱雀は悲し気に目を伏せる。
だが縁故で入社した舞子に、転職しようなんて意思は、今のところまったくない。
「だから白咲君」
「はい」
「知的財産管理技能検定の2級だって、取らなくてもいい」
「は? い、いいんですか?」
--さっきから、言っていることがムチャクチャ
どういう理屈なんです? この人
「2級の問題を見て、それに答えられるようなスキルさえ身につけば、当社として、知財部としてはそれでいい」
「それって、取るのと一緒じゃないですかっ!」
思わず出た、舞子のツッコミを聞いて
朱雀は、薄く笑う。
「白咲君」
「はい」
「見たところ君は、Webで情報収集するのが、得意なようだな」
「そうでしょうか?」
「先ほど君の言った『実用新案権の使い分け』の答えは、Webで情報収集していたとしたら、まぁまぁの答えだった」
なんと!
気づいていたのか。
Webに書いてある知財記事を。
「君には、期待している」
朱雀はそう言うと、自分の席に戻って、朝から取り掛かっていた仕事の続きを始めた。
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