episode 02 特許と実用新案は管理技能検定で

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「白咲君は、特許と実用新案は、どう違うと思うかい?」  朱雀は、そんな質問を舞子に問いかける。  『特許』と『実用新案』  その違いは『発明』と『考案』の差だ。  『発明』とは自然法則を利用した高度な発明のことを指し、『考案』は物品の組み合わせなどを規定することを言う。  そして権利期間も違う。  特許は20年、実用新案は10年だ。  舞子はWebサイトで得た知識から、それらの違いを朱雀に説明する。 「規定上はそうなっているのだが」  朱雀は難しい顔をする。 「大事なのは、それを企業としてどう使い分けるのか? ということ」 「使い分け・・・ですか?」 「それが、我々知財部の仕事っていうものだろう」  なかなか難しいことを問うものだ。  でも、  仰ることはなんとなく分かるし、おそらくそれは間違ってはいないだろう。  でも、急にそんなこと言われても。  舞子は付け焼刃で得た知識を元に、ない頭を振り絞って、なんとか答えに結び付ける。 「まず、発明の程度の違いですか? 高度な発明は『特許』にします。権利期間が長く取れて当社に有利になるからです。逆に、高度でない考案は『実用新案』で取ります。あと、ものによってはすぐ権利が取りたい場合とか、権利期間が短くていい場合は『実用新案』にする、そう使い分ける・・・で、どうでしょうか?」  舞子は朱雀に問いかける。  概ねは、間違っていないはずだ。  だって、Webサイトなんかにはそう書いてある。 「白咲君」  ひととおり舞子の回答を聞いた朱雀は、冷静に視線を向ける。 「はい。どこか違っていましたか?」 「『どこが違う』と言うよりは・・・」 「はい」 「君の、今言った使い分けは、当社の『特許』と『実用新案』の使い方とは、全く違う」 「は? まったく?」  なぜ?  色々なWebサイトを見ても、概ねどこものそんなようなことを書いてあったはずだ。  それが  『まったく違う』とは。  何ごと? 「え? じゃあ、ウチの『使い方』って言うのは、どんなのです? 教えてもらっていいですか?」 「星色化成流の知財の使い方、ということになるが」 「はい、お願いします」 「今から言うことが、ここでの『答え』だ」 「はい」  舞子はカバンからノートとペンを出して、メモを取る準備をする。 「いいか、白咲君」 「はい」 「特許と実用新案は『どう取る?』ではなく『どう使う?』だ」 「使い方、ですか?」 「実用新案権は、君ならどう使う?」 「えーっと・・・」  舞子は、Webサイトで得た知識を、フル動員させる。 「独占期間が10年ありますから、その間に他社が真似してきた場合に、差し止めを請求します。それか、実施権としてロイヤリティをもらうか・・・」  自分でも、いい答えが言えた気がする。  Webサイトで得た知識が今、知恵となって行動につながったような気がした。 「ところが、だ」  朱雀が、目を細めて舞子を睨む。 「それができないんだ。実用新案は」 「は?」 「実用新案は、そのままでは『差し止め請求』も『ロイヤリティの交渉』も、できない」 「・・・と、いいますと」 「実用新案は無審査で登録されるのは、先ほど君が言ったとおりだ。だから、簡単に言うと訴訟を起こしてから、本番の審査が始まるということだ」 「はい」 「審査の結果、公知の文献があって、実用新案に効力がなくなるときもある」 「・・・・・」  あっ、と舞子は思った。 「相手に訴訟を起こしてから、審査してみたら、実用新案に効力がなかった。すると、どうなる?」 「それは・・・」 「相手側は怒って『訴訟を起こされて、ウチの商売を邪魔された!』と、逆に訴訟を起こされかねない」 「訴訟を起こそうと思ったら、逆に向こうから訴訟を起こされて・・・」 「そう」  朱雀の瞳が、不敵に光る。 「だから、実用新案権は『使えない』」  ゴクリ  そう、舞子ののどが鳴った。 「知財を『どう使うか』、それが我々の問題だ。そこで実用新案が『使えない』のであれば、物品の組み合わせレベルの考案は、どうすれば良いと思う?」  朱雀が、舞子に問う。 「実際に効力が使えないんじゃ、実用新案権はあきらめるしか、ないんでしょうか? それとも一応は、権利として取っておくとか」 「いや、違う」 「と、いうと?」 「その考案を、特許として取得するんだ」 「は?」 「特許として権利を取得すれば、それは特許庁が審査しているから、すぐに効力が発揮できる」 「で・・・でも」  なんか、Webサイトに書いてあることと、朱雀の言っていることが、違う。 「物品の組み合わせレベルの考案は『実用新案』で、『特許』にはならないんじゃないですか?」 「そこ」  朱雀が、人差し指に力を入れる。 「それこそが、知財部の仕事」 「は?」 「物品の組み合わせレベルの『考案』を、特許として、高度な『発明』として成立させる。それが、知財部の『腕の見せどころ』というものだ」  なんだか言っていることが、  分かるような、  それでいてよく分からない。  『物品の組み合わせレベルの考案』が『高度な発明』に、『特許』になるのだろうか?  それは、もしかして  『法の抜け道』とか言うヤツなのだろうか?  とにかく異次元の話をされているようで、  舞子にはピンと来ない。 「・・・それって、私にできるのでしょうか?」  舞子には、不安しかなかった。  それを素直に、ぼんやりとつぶやく。 「できない、だろうな」  朱雀は即答。 「ですよね」 「でも、それをするのが、これからの君の仕事だ」 「・・・・・」 --そんなこと・・・私に、できるのだろうか? 「それには、差し当たり何をしたら良いと思う?」 「べ、べっ・・・勉強ですか?」  しかし、どんな勉強をすればよいのか、見当もつかない。 「まずは、知的財産管理技能検定」 「はい」  それは、聞いたことがある。  3級、2級、1級とある特許管理の国家資格だ。 「白咲君。まず君は、知的財産管理技能検定の2級をクリアするんだ」 「に、2級?」 「2級の知識があれば、先ほど私が言ったことの、スタートラインに立てる」  国家資格である知的財産管理技能検定には3級、2級、1級とあって、  知財の素人である舞子に、いきなり2級は無理と言うもの。 「いきなり2級はチョット・・・3級じゃ、ダメですか?」 「知的財産管理技能検定の3級を持っていて、いったい何ができる?」 「そうは、おっしゃっても・・・」 「できるとしたら、転職に有利に働くだけだ」  朱雀は悲し気に目を伏せる。  だが縁故で入社した舞子に、転職しようなんて意思は、今のところまったくない。 「だから白咲君」 「はい」 「知的財産管理技能検定の2級だって、取らなくてもいい」 「は? い、いいんですか?」 --さっきから、言っていることがムチャクチャ   どういう理屈なんです? この人 「2級の問題を見て、それに答えられるようなスキルさえ身につけば、当社として、知財部としてはそれでいい」 「それって、取るのと一緒じゃないですかっ!」  思わず出た、舞子のツッコミを聞いて  朱雀は、薄く笑う。 「白咲君」 「はい」 「見たところ君は、Webで情報収集するのが、得意なようだな」 「そうでしょうか?」 「先ほど君の言った『実用新案権の使い分け』の答えは、Webで情報収集していたとしたら、まぁまぁの答えだった」  なんと!  気づいていたのか。  Webに書いてある知財記事を。 「君には、期待している」  朱雀はそう言うと、自分の席に戻って、朝から取り掛かっていた仕事の続きを始めた。
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