episode 02 特許と実用新案は管理技能検定で

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「君には、期待している」  さんざん上司の朱雀に、知財の知識に文句をつけられたと思ったら、  今度は一転して舞子を認めてくれたような発言。  なんか、朝から洗礼を受けた気持ちだ。  それとも、滝修行?  どちらにしろ、荒行(あらぎょう)だ。 --ふぅ  自分の席に戻って、目の前の朱雀を見やる。  この人は、仕事はできそうだが、それにつき合っていくのは疲れそう。  でも知財の仕事を、自分1人で背負わなければいけないプレッシャーとも、彼は戦っているのだろう。  今年の1月に、唯一の頼りであった上司が病気になり、入院して・・・  であれば、  やっぱり舞子が、できるだけフォローしてあげなければいけない。  舞子は自分の席に着き、ひとしきり割り当てられたパソコンを自分で使いやすいようセッティングし直しながら、ぼんやりと考える。  とりあえず舞子がやらなければならないこと。  それは『知的財産管理技能検定の2級』をクリアすること。  差し当たって壁際の書架を見渡すと、知的財産管理技能検定の『2級』と『3級』の参考書が並んでいた。  『1級』の参考書は、探したけどなかった。  舞子はそれら参考書を本棚から取り出す。 「朱雀さん」  呼びかけられた朱雀は、舞子を振り返る。 「物には順番ってものがありますから、まずは私、3級の資格を取ります」 「そうか」 「そしてできるだけ速やかに、2級にも挑戦するようにします」 「あぁ、頼む」  そう口では言ったものの、  舞子の宣言には興味なさげに、朱雀はまたパソコンへと向かい仕事を続ける。  『2級』と『3級』の参考書を机に持ってきた舞子は、  まずは両方の参考書をパラパラとめくる。  『3級』は、なんとなく分かりそうだ。  だが『2級』の問題など、さっぱり分からない。 --まぁ、仕方ないか  これも、知財部へと配属された定め。  『2級』の参考書をめくりながら、朱雀はこの問題にすべて答えられるなんてすごいと思う。  2級の問題が分かるのであれば、きっとその上の資格を持っているのかもしれない。 「朱雀さん」  もう一度、舞子が呼びかけた。 「なんだ」 「朱雀さんは知的財産管理技能検定、この『1級』を持っているんですか?」 「1級だと?」  意外な質問だったようで、  あれだけ表情を変えなかった朱雀が白い目を剥く。 「はい」 「白咲君。君は、1級の問題を知っているのかね?」 --あ、いや・・・  そんなこと問われても、  書架には1級の参考書はないし、  素人の舞子が、全然分かる訳がない。 「いえ、知らないですけど」 「では、君は知的財産管理技能検定の『3級』の合格率を、知っているか?」 「えっと・・・いくつなんですか?」 「おおよそ7割だ」 「だったら私も、なんとかなりそうです」 「では『2級』の合格率は?」 「もっと難しいんですよね・・・50%以下ですか?」 「おおよそ4割だ」 「やっぱり難しいんですね。私もがんばります」  舞子は、努めて笑顔を向けて朱雀にアピールする。  配属されたばかりなのだ。  誠意と、意欲を、見せなければ。 「それに比べて、『1級』の合格率はいくつだと思う?」  朱雀は舞子を睨む。  先ほどの、  3級や2級のときの質問とは違って、  今度の朱雀はすごい剣幕だ。 「はい?」 「1級の合格率は、8%だ」 「うわっ、難しいですねー」 「白咲君。これが、どういうことか分かるか?」 「・・・と、申しますと?」 「それなりに知財の知識と、経験を身につけた『超』がつくほどのベテランが受験して、その合格率が8%」 「はい・・・」 「これは、どういうことだと思う?」 「それに受かる人は、超エリート・・・ってことですか?」  朱雀は、思い切り眉をしかめる。 「それだけ『1級』の問題は『実務では使わない知識』を出題している。ということだ」 「あ、そうか」 「いいか、白咲君。『実務で使わない知識』を、勉強してどうする? だったら『実務で使う知識』を、もっと勉強するべきだと思わないか?」  なんだか朱雀は、知的財産管理技能検定の『1級』を敵視しているようだ。  1級の話題を出してからと言うもの、ずっとピリピリしている。  もしかしたら・・・  過去に受験して、何度も落ちまくったり、したのだろうか? 「国側も、1級の合格者をポンポン出してしまっては、資格の『ありがたみ』が薄れるとでも思っているのだろうか。でも、そのステータスのために、重箱の隅をつついたような『実務で使わない知識』を受験者に覚えさせても、それじゃあ仕方ないだろう?」 「ややっ! たしかに、そうですよね!」  朱雀が凄い剣幕だ。  ここは、話を合わせるしかなさそう。 「じゃあ朱雀さんは、1級の受験はやめて、2級だけにしたんですか」 「いや」  ひと通り、話したいことを話したからだろう。  朱雀は落ち着きを取り戻し、パソコンへ向かう。 「ん?」  あれ? 答えは?  先ほど朱雀は『2級にしたんですか』という問いに、『いや』と答えたんじゃ・・・  どういうこと?  朱雀は、あれだけ自分で知的財産管理技能検定の『2級』の重要性を説いておきながら、  よもやご自分は、持っていない・・・ことはないと思うが。  でも一応、確認しておく。 「朱雀さんは、2級の免状は、持っているんですよね?」 「いや」 「えっ?」  舞子は、自分の耳を疑う。  本当に、朱雀は2級の免状を持っていないのか? 「なんだ。意外か?」 「はい、だって・・・」 「私は別段、何の資格も持っていない」 「な、何も?」  舞子だって、大学が商学部だったので、在学中に日商簿記の3級くらいは取ったものだ。  それなのに、知財部で10年以上働いている係長が『何の資格も持っていない』なんて、あり得るのであろうか?  そんな目を皿のようにした舞子の表情が気にかかったのだろう。  朱雀が続ける。 「さっきも言ったが『資格を取って、有利になるとしたらそれは転職するとき』くらいだと」 「そ、そうですが」 「そしてこうも言った。『知的財産管理技能検定の2級をクリアできるように』と」 「はぁ、でも・・・」 「別に『資格を取得しろ』とは、言っていない。『問題をクリア』できればいい」 「・・・・・」 --それって屁理屈じゃ? 「この会社で働く上で必要なことは、知的財産管理技能検定2級の問題を見て、それに対処できるようになることだ。2級の資格を保有することじゃない」 「しかし・・・」 「それに、仮に転職することになったとしても『知的財産管理技能検定の2級を持っている』というよりも『星色化成の知財部で10年間、実務を積んできた』ことの方が、就職にはよっぽど有利に働くだろう」  そんな薄笑いを浮かべながら、朱雀は仕事へと戻る。  『実力主義』と言えば聞こえはいいが、  きっと、それが彼の持論なのだろう。  朱雀の持論はそうであったとしても、  せっかく勉強するのであれば、知的財産管理技能検定の3級でも2級でも、取れるものであれば資格は取っておいた方がいい。  そう思って舞子は、とりあえず『知的財産管理技能検定3級』の参考書を持って帰り、家でも勉強することにした。  ◆◆◆◆◆  参考書(そこ)に書いてあったことなのだが、  先日、朱雀が問うた『知財の種類は何があるか?』についての答えが、載っていた。  知的財産権(略して知財)は、主に次の種類がある。  経済産業省管轄の特許庁が主管する、次の4つの『産業財産権』  『特許権』  『実用新案権』  『意匠権』  『商標権』  これらの内容は、先日舞子が述べたとおり。  その他の知財として、次のものがある。  誰もが一度は聞いたことがあるであろう『著作権』  半導体の回路配置に関する『回路配置利用権』  植物新品種と保護する『育成者権』  不正競争防止法に基づく『営業秘密等』  これら数ある知財の中で、舞子が働くプラスチック成型メーカー、星色化成で特に重要な知財は次の5つ。  『特許権』  『実用新案権』  『意匠権』  『商標権』  そして『営業秘密等』  だから朱雀に言わせれば、  舞子に必要な法律の知識は特許法、実用新案法、意匠法、商標法、そして不正競争防止法。  少なくとも、それだけ勉強していれば怒られることはない。  そんな効率的なことを考えながら、  なんだか自分まで上司の朱雀に毒されてきたと  変に苦笑いしながら、東斗独身寮で3級の参考書をめくる舞子なのであった。
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