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「ああ、それならわたしの話もしてあげよう」 「お母さま! お話は嬉しいですが、お仕事はよろしいのですか?」 「仕事はいったん休憩だ。何せ、我が夫君がまとわりついてきて、面倒くさいからね」  どうしてだろう、普段なら当然だと同意しているはずなのに、今日は少しだけお父さまが可哀想な気がした。おじいさまがおばあさまのてのひらの上で転がされていることを知ったからかもしれない。 「ようやっと仕上げた書類にインクをこぼして駄目にしてくれたからね。腹が立ったから、インクの汚れを落としがてら、庭の池に放り込んできてやったさ。そのまま風呂に入ってくれば、多少は身ぎれいになってこちらに迎えにくるはずだからね」 「お父さまってばお母さまのことが大好きなのに、どうして女遊びをやめないのかしら。お父さまの女癖の悪さはやっぱり病気なのかも」 「あれは気に病む必要はないよ。あまりにも手を出す女とわたしとの方向性が違いすぎて、あからさまだ」 「あの女遊びは、わざとということですか?」 「さあ、アデルはどう思う?」  お父さまは、いつ見ても女性を侍らしている。でもそれは、お母さまとは全然違うタイプの女性ばかりだ。私のお母さまは、そこら辺の男よりもずっとかっこいい凛々しい騎士さまみたいなひとなのだ。実際、当主の座につくまでは近衛騎士として働いていたらしい。当時は性別を公表していたにも関わらず、同じく近衛騎士だったお父さまよりもずっと女性に人気が出ていたのだとか。  お母さまの謎かけのような問答に、ますます頭がこんがらがる。 「わかりません……。どうして、わざわざお母さまに嫌われるようなことをするのか……」 「あれは、わたしに殴り飛ばされるのが好きなのだよ。アデル、結婚相手の性癖はしっかり把握しておきなさい」  つまり、お父さまは被虐趣味がおありということ? 「身内の赤裸々な事情は聞きたくありませんでした……」 「まあその感性は大事だな。せっかく、第三王子殿下が尽力してくださっているのだ。お前は、このまま純粋に育ってほしい」 「お母さま、情報過多です。頭がぱんぱんでこれ以上、難しいことを言われても考えられそうにありません」 「そうかい。それなら、そろそろ殿下の元に戻るといい。これ以上、お前たちを引き離して殿下が荒れても面倒だからな」  子犬のような殿下が荒れる? まさか。むしろ殿下は部屋の隅っこでしくしく泣くようなお方だが。 「知らないほうがよいこともあるし、しっかり確認したほうがよいこともある。まあ、わたしたちに言えることは、お互いに話をすることは大事だということくらいだな」 「この世界には、不思議なことがあふれているの。そして、それは言葉では説明がつかないことも多いから、殿下とたくさんお話しなさい」 「そうだ、アデル。もやもやを抱えていてもいいことなど何もないよ」  私はおばあさまとお母さまは男を見る目がないと思っていたけれど、意外と本人たちは幸せなようだ。破れ鍋に綴じ蓋、蓼食う虫も好き好き。男女の仲は、どうにも私には難しすぎる。  休憩に出かけたはずが、ちっとも心を休められなかった私を癒してくれたのはやっぱり素敵なトーマスさまだった。
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