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「ヒロインもどき」は、かつて「悪役令嬢」と呼ばれた令嬢をいまだに憎んでいるらしい。彼女の子孫たちは、「ヒロインもどき」が現れるたびに謎の強制力によって周囲からいわれのない誹謗中傷を受けることになる。その呪いが解けるのは、自身の婚約者や恋人、夫が「ヒロインもどき」と添い遂げたときだけ。
その上、この呪いについては、呪いを解くことができる運命の相手以外には認識できないとされている。呪いが解けたわけでもないのに、アデルの母君が大体のところを察しているのは特例らしい。
だが自分に都合のいい妄想を吐き続ける「ヒロインもどき」という化け物を愛せるはずがないのだ。だからこそ、僕たちは考えた。どこまでなら、この呪いを欺けるのかを。
アデルのおじいさまは考えた。形だけでも「ヒロインもどき」を正妻にするのはどうだろう。入り婿という立場にありながら、彼は屋敷の庭に美しい離れを作った。そこはまるで最愛のひとのための愛の巣。けれど真実は、堅牢な檻だ。
化け物が外に逃げ出さないように、大神官を招いて作り上げた。アデルのおじいさまの代に現れた「ヒロインもどき」は、アデルのおじいさまに誘われるがまま檻に入り、閉じ込められた。そして、窓の向こうで仲睦まじく暮らすおじいさまとおばあさまの様子に憤りつつ、やがて黒いもやになって消え失せてしまったのだ。
黒いもやは、「ヒロイン」が死んだときに砕けた魂の欠片だと言われている。少しずつもやの量を減らしながら、次の代にも「ヒロインもどき」は発生するのだ。そのため、アデルの父君はいまだに女癖の悪いふりをしながら「ヒロインもどき」を探していた。
万が一「ヒロインもどき」を見つけた時には、「ヒロインもどき」ごと「浮気症の最低男」として舞台から退場できるように。「悪役令嬢」という役割が清く正しい立ち位置にいられるように。そして真実を話した上で、再び愛してもらえるように努力しているつもりなのだ。残念ながら現状既に、年頃の娘であるアデルに毛嫌いされてしまっているが。
「はあ、早く『ヒロインもどき』を見つけて、普通に奥さんといちゃいちゃしたいいいいい」
「僕とアデルの幸せのことを考えると、早く見つけてもらったほうがいいのか、もうしばらく手間取ってもらったほうがいいのか悩ましいかな」
「俺の代の『ヒロインもどき』が出現しなければ、自分のとこには『ヒロインもどき』が出現しないからって畜生! 愛しい妻を守るために悪評が立つのはなんら問題ないが、娘に軽蔑されることは辛い。いつか真実を話して、幼かった頃のように『お父さま、大好き』って笑いかけてもらいたいいいいいい」
「うるさい」
「孫娘の未来の旦那さまは、何とも頼もしいですな」
大切な相手を悪役令嬢呼ばわりさせないためなら、「ド屑」と呼ばれようが「情けない」と嘲笑われようが、血の繋がった家族に「魔王」と恐れられようが構いはしない。僕が守りたいのは、アデルだけなんだから。
「ああ、そろそろアデルが部屋に戻るようです。僕も失礼します」
僕は大好きなアデルが笑顔で暮らせる世界を作るためなら、なんだってやってみせる。いつか可愛くて守ってあげたい年下の王子さまではなく、年下だけれど頼りがいのある真の婚約者になるために、頑張らなくっちゃね。
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