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ザァっと雨が降り始めた午後三時。
さとるは嬉しそうに自分の部屋の二階窓から、真っ先に近くの公園を見つめ、雨雲やどんよりした雲や水たまりを見つめた。
これだけ降ればダムができるぞ。
「ちょっと外に行ってくる」
母親は居間でテレビを観ていた。
「何処に行くの?」
「近くの公園」
さとるは返事を待たず玄関から傘をさして飛び出した。
公園には誰もいない。公園を独り占めにしたような満足感がさとるの心を満たす。さとるは早速大きなアーチ型の滑り台に向かった。
この滑り台は幅が子供なら四人同時に滑ることが出来るほど大きくて、滑り台の下に三年生ぐらいの小学生が十人は立ったまま雨宿りできるくらいのスペースがあった。
「やった、いいぐあいに雨が滑り台の下に流れ込んでる」
さとるは傘をたたんでアーチの壁に立てかけると、ズボンが濡れないように注意深くかがみ込んで、流れてくる雨水を堰き止めようと砂や泥を素手でかき集めた。
雨は降り続ける。
「こんなに砂をかき集めて作った壁なのに、どんどん水が溢れて壊されてしまう」
さとるはアーチの下に雨を堰き止めるダムを必死になって作ろうとしていた。ダムに水が溜まるのはとても心地よい。雨に勝利したような気分に浸れる。だけれども、今のさとるは必死だった。ダムは非情にも汗水垂らして作ったダムをやすやすと乗り越えてしまう。
「このままじゃ、全部流されてしまう」
その時だった。
「さとるちゃん、そんなところで何してるの?」 家の隣に住むあやかちゃんだ。
「ダムを作ってるんだ」
「あたしも手伝って良い?」
あやかが微笑む。
「じゃ、一緒に作ろう」
二人はしゃがんだ。
「あたしどうしたらいい?」
「雨がアーチに入ってこないようにダムを作るんだ」
「わかったわ」
「ぼくは右に向かって水を堰き止めていくから、あやかちゃんは左に向かって」
「うん」
雨はより一層激しくふりはじめた。
降り注いだ雨は二人が待ち構えるアーチのダムに激しく襲いかかった。
「これじゃ、ダムが全滅しちゃう」
「あたし、もっと沢山の砂を持ってくるわ」
あやかは手当たり次第に砂をかき集めては、さとるに手渡した。
決壊した水は大きな流れとなってさとるの足元に水たまりを作り、彼の靴をずぶ濡れにした。 さとるとあやかは決壊した箇所を手分けして塞いでいったのだが、塞いでも塞いでも違うところが決壊して作業が追いつかなくなってきた。
「このままじゃ、アーチの下は大きな水たまりになってしまうわ」
万事休すだった。思った以上に雨脚は激しく二人はアーチの下に孤立した。
「スマホで雲の流れを見てみよう」
さとるはズボンの乾いたところで手の水を拭き取ると、さっそくお天気のアプリをひらいた。
「線状降水帯が近づいてるわ」
「やばいね」
「やばいわ」
「一度お家に帰ろう」
「うん」
あやかは傘をさした。さとるは中に入れてもらった。
アーチを飛び出し、激しさを増す雨の中を二人はさとるの家に駆け込んだ。
「雨が通り過ぎるまで待ってよう」
「それしかないわね」
横殴りの激しい雨が降る。
さとるとあやかは漫画雑誌やコミックを読んで過ごした。
一時間ぐらいしてから雨音が弱まった。雨雲が通り過ぎたのだ。
「やっと雨が止んだみたいだ」
「スマホのお天気アプリでも確認できたわ」 雨上がり、真っ黒く濡れたアスファルトの道を二人は公園に向かって歩き出した。アーチのダムがどうなったか確認するために。
アーチの下をのぞき込む二人。
雨水は我が物顔でアーチの下を川のように流れ、道路脇の排水溝に消えていった。
「ダム、あとかたもないや」
「せっかく頑張ったのに残念ね」
「また作ろう」
「賛成!」
アーチの中に入った二人は再び、砂をかき集めだした。そして、また同じように、流れてくる水を堰き止めようと頑張るのだった。
おわり
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