黒のチケット

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黒のチケット

ある日のこと、日々の生活に疲れた私は、休日を利用して旅へ出る事にした。 こんな風に旅立つのは、何も今回が初めてじゃない。職場での膨大な仕事量に悪戦苦闘したり人間関係に嫌気がさしたりする度に、旅に刺激と癒しを求めてきた。 ただ、そんな習慣を続けていると、次第に感覚が麻痺してしまい、もはや普通の旅の刺激には満足出来ない身体になっていた。 そこで私が目をつけたのが、❝ミステリーツアー❞。参加者に出発または到着までどこに行くか伝えない事で、普通の旅には無い意外性を提供する、最近流行りのツアーだ。 毎回何らかのテーマが決められており、今回のテーマは❝色❞ 。赤・白・黄色・ピンクなど、全8色の中から選んだ色にちなんだプランが用意されている。 今回は添乗員さんが同行しないホテルのみのプランで、申し込みもスマホの❝旅のアプリ❞を使ったネット完結型と、至ってシンプルだ。 目的地は、出発前日にアプリで抽選が行われる。参加者はアプリにログインした後、画面の中のツアーコンダクターが持っている8枚のチケットの中からどれか1色を引いてホテルが決まる。この時点では、選んだ色のホテルがどこにあってどういう施設かはわからず、現地に着くまでのお楽しみ。ミステリーツアーの性質上、一度チケットを引いたら引き直しやキャンセルは出来ない。だから、チケット選択が旅の成功を左右すると言っても過言では無い。 そして迎えた前夜、 「優子~、何色にするの~?」 彼女は今回の旅の道連れの麗奈で、マイペースでのんびり屋さん。 「これは考えるまでも無く黒一択でしょ。私、旅行マニアだから、色で大体どんなホテルか想像がつくの。青やオレンジはともかく、白は安っぽい感じだし、緑やピンクなんて論外。その点、黒は高級感があるからハズレの確率は低いと思うし。きっと、黒い大理石を使ったラグジュアリーホテルだよ」 「へぇ~そうなんだ~」 こうして私の根拠なき独断と偏見で黒のカードをタップした。カードがゆっくりとめくられていくエフェクトが発生し、 「❝都会の喧騒を離れた離島に佇む、黒にこだわったデザイナーズホテル。貴方に上質な静寂のひと時を……❞ 」 「すごい優子! これ大当たりじゃな~い!?」 言われるまでも無くSSR、もしかしたらUR(ウルトラレア)級の大当たりかもしれない。 「よっしゃあー!」 私はお目当てのドラフト一位を引き当てた時みたいに、スマホを持った右手の拳を高々と突き上げて喜びを表現した。
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