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「当ホテルの看板猫のシャ・ノアール君です。シャイな彼の姿を見られるお客様はラッキーですね」
「あら、かわいい」
シャイでも看板猫としての務めは立派に果たすタイプで、触っても逃げずにいてくれた。
──チャプン 、ジャボジャボ……──
今度はガラス張りの壁の方から水が跳ねるような音が聞こえたので振り向くと、足元に水が流れており、室内を数匹の鯉が泳いでいた。
「外の池とロビーの水路が繋がっておりまして、こうして室内を回遊する姿を鑑賞出来るんですよ」
「わぁ~、すご~い!」
これは外国の旅行者が喜びそう。
「室内でエサやりが出来ます。よろしければこちらをお使い下さい」
早速、支配人さんから手渡された鯉のエサを水路にまくと、このホテルの象徴ともいうべき黒い鱗を纏った鯉を先頭に続々と集まってきた。パクパク口をあける鯉の姿は愛嬌があって可愛いものだ。
でも、何か物足りない。いくらエサをまいても、赤や白の入った鮮やかな色の鯉がやってこない。
「あの、すいませーん。 黒っぼい子しか集まって来ないんですけど」
「はい、当庭の錦鯉は概ね黒でございます。ささ、どんどんエサを与えてみて下さい。黒々とした錦鯉がエサを争って絡み合う様は壮観ですよ」
「えぇ……。どういう感性なんだろ、この人……」
何故この光景を楽しげに語れるんだろう。色とりどりの鯉がいてこその日本庭園なのに、これじゃ近所の川を見ているのと変わらない。
「鯉も一匹一匹に個性があるものです。それぞれ名前も付けてございます。アキラ・トシオ・ヒトミ・アーサー・ヴァンダム・モネ……」
おそらく、最初の内は黒にちなんだ名前を付けていたのが、途中でボキャブラリーが尽きてこじつけモードに移行したのだろう。それも、比較的早い段階で。
「あの、だいぶ堪能しましたので、そろそろお部屋に……」
疲れたので、部屋へ案内して貰う事にした。
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