シトラス、ゆびきり、きみの

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シトラス、ゆびきり、きみの

 ――とんとん。 「いつまでそうしてるの」  ノックされたきみは、瞼をひらいておおきな瞳をしばたかせる。そのさきにはなにひとつない、まっさらな闇。歩道橋のてっぺんを照らす蛍光灯はほとんど切れていて、わたしはきみの従順な横顔をいつもよりまっすぐ見つめられる。 「だって、新月だから」  きみはためらいがちに言った。 「いつもそうやって言うけど、願い事って弱い人間がすることだよ」  わたしはそう言っておおきく伸びをして、肩や背中をぱきぱき鳴らした。月が高い。  たっぷり日に焼けた互いの肌はほとんど闇に溶けていて、距離がよくつかめない。頭上でほどいた手をぶらんと無責任に下げると、きみの手に触れた。熱がまわる。  きみは欄干に寄りかかって、深くうつむいた。夜風が横切る。顎下で揃えられたきみの髪がさらり揺れて、シトラスのデオドラントが四方に散った。 「……そっちはないの? 願いたくなるような、そういうこと」  すこし不機嫌そうに訊いたきみに、わたしは 「願ったって、どうしようもないよ」  低い声でつぶやいた。
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