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そう、これはどうしようもない。
もうすぐ何千キロと離れた地で暮らすのも、きみと最後の大会に出られないのも、どうしようもない。親の庇護のもとに生きるわたしは、どうしようもなく無力だ。
みるみる萎んでいく気持ちを蹴飛ばしたくて、わたしはきみに訊いた。
「そっちこそ、いつもそんなになにを願ってるの?」
「それは……」
「おしえてよ」
「やっ、やだよ……」
「いいじゃない。こういうのって、ひとに話したほうが実現するんだよ」
「えっ、そうなの? 逆じゃないの?」
焦って顔をあげた無垢なきみに、
「そうだよ」
わたしはにっこり嘘をつく。
きみは引き結んだ唇をぐすぐずさせて、歩道橋を何歩か歩いた。最初はちいさく、だんだんおおきく。
そしてくるりと身を翻し、スカートの裾が闇に完璧な弧を描いて、わたしは絶望した。
きみの新月から、わたしは消える。
わたしはもう、きみからいなくなる。
心臓が抜け落ちたように、からだが停止した。濡れた眼球を夜気が撫でる。
「どうかした?」
「……ううん。なんでもない。で、願いごとは?」
きみは下弦の月の目をして、たっぷりほほ笑んだ。これまでに見たことのない、とびきりの笑顔。
だけどそれは、わたしの知らないおんなのこの顔だった。
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