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1.
☆☆☆
「いや、無理」
そう言って、一歩下がったのは聖女ユリアナである。
「どうしてだい? ユリアナ。僕と、結婚してほしい。平和になったこの世界で、僕とあたたかな家庭を築いて欲しい」
真剣な眼差しを向ける勇者クリスは、ユリアナに一歩近づく。
「だから、無理」
ユリアナは、茶色の目を震わせて、また一歩下がった。
一般的に結婚に憧れを抱いている女性であれば、こんな美少年から結婚を申し込まれたら舞い上がることだろう。しかも相手はあの勇者である。魔王を倒したと世間から大注目を浴びている金髪美少年の勇者クリスなのだ。
でも無理なものは無理。ユリアナは首を横に振る。
「理由を聞かせてもらってもいいかな」
クリスは困ったように微苦笑を浮かべて尋ねた。
「ごめんなさい。他に好きな人ができるから……多分」
とりあえず、思いつく言い訳はこれしかない。
今は好きな人などいない。だけど、これから他に好きな人ができるはず。多分。恐らく。
「え?」
(そりゃ、驚くよね。普通、驚くよね。誰がどう考えても勇者と聖女は結婚すると思うよね。だって、そういうエンディングだもん)
うんうんと、ユリアナは心の中で頷く。
「だからクリスはヒロインと結婚して! あっちはクリスのこと大好きだから」
ユリアナは『ヒロイン』という謎の言葉を残すと、クリスに背中を向けて走り出した。猛ダッシュ。コマンド『にげる』なみに。
逃げながらユリアナは考えていた。
(誰だよ、このゲームの続きを考えた奴。しかもよりによって恋愛シミュレーションとかにするんじゃないよ。どう考えてもクリス人気にのっかったんじゃないかよ。なぜにロールプレイングゲームから恋愛シミュレーションになるんだよ!!)
このゲームで、女性層から人気が出たクリスとルッツ。それは予想通りのものであった。それに便乗して、続きものというよりも派生形ゲームになるのだが、この二人を登場させた恋愛シミュレーションゲームが発売されてしまった。
見事に聖女は蚊帳の外。主人公と呼ばれるヒロインが、まずは聖女からクリスを奪って結婚するというルート。これが王道ルートなのだ。あとは他のルートでルッツなり新キャラなりを攻略していく。
(えげつない。売れればなんでもいいのか?)
そして、ユリアナがなぜこんなことを知っているのか――
ユリアナは、今流行りの転生者と呼ばれる存在なのだ。ばっちりゲームの世界に転生してしまったらしい。しかも派生ゲームまでプレイしていたガチファンだから、聖女ユリアナの行く末を知っている。
ファンで良かったのか悪かったのか。しかもなぜに転生先がこのゲームの聖女なのか。思うところは多々ある。
それでも、せっかく魔王を倒したんだからハピエンにしてよ、と思わずにはいられない。報われない聖女様ではないか。
とりあえず今できることは、この勇者からのプロポーズを断ること。ということで全力疾走。からの転移魔法。とにかく勇者から、コマンド『にげる』。
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