体だけの関係 E

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 なんだか最近、行為が機械的に思えている。それが嫌なわけじゃない。俺は大勢の中の1人で、俺じゃなくても構わない。そして他に比べてリスクが低い。それが俺の価値で、だから、今も繋がっている。俺も高輪叶人がどこの誰ともしれない男に抱かれるよりはよほどいい。  しばらくそうしていると、高輪叶人はわずかにその体を震わせるようになり、もうすぐ達するんだと感じる。ふと、その陶器のように真っ白な背中に不格好に引き連れる一本の赤い線が気にかかる。揺れる背中でそれはミミズのように蠕動していた。その動く赤い傷がやけに気にかかり、思わずそっと触れた。  その瞬間、高輪叶人はびくりと大きく体を揺らした。  急に顔を苦痛に歪め、左腕は力を失いぺたりと左肩を布団に落下させ、顔全体が枕に沈む。その手のひらは枕を強く掴んでいた。その急な変化に混乱する。 「あの、痛かった? ごめん」 「違う」 「あの」 「ちょっと、そのままで。話しかけないで」  その間も高輪叶人の横顔は急激に変化した。唇を強く噛み締め、苦しそうにきつく閉じたまぶたからは大粒の涙が溢れ始める。  何故。心のなかでそんな叫びが上がる。俺が傷に触れたから?  それしか考えられない。高輪叶人は普段は全く事件ことを表に出さない。けれどもこの傷は俺の前に確かに存在し、トラウマになっている? 途端に、しばらくぶりに強い後悔が襲う。つまり俺が高輪叶人を苦しめている。 「ごめん」 「違う! あんたのせいじゃ全然ないから!」  発声されたのは世界を割るような強い拒絶。  ごめんなさい、神様。  唇が動き、そんな声が聞こえた気がした。とても小さなかすれた声。神様? 声をかけてい雰囲気には思えなかった。高輪叶人は今も目の前で、肩を震わせながらぽろぽろと涙を流している。  傷のせいなら、俺のせいだ。どうしたらいい。高輪叶人から拒絶された。そう思えば、心臓の温度が急激に冷えていく。俺のせいだ。純粋に。それまで高輪叶人は気持ちよさそうだったのに。  嫌だ。拒絶しないでほしい。そう願っている自分の身勝手さに怒りが湧く。けれども俺ができることは何もなかった。俺のせいだと思えば、声なんてかけられるはずがなかった。第一、なんて声をかけたらいいかわからなかった。  高輪叶人がようやく目を開いたのは、十分ほど後だった。 「……はぁ」  とても冷たい、凍りつくようなため息。何も映していないような虚無を感じるその視線。冬に屋外で裸ででもいたようにその全身はすっかり冷え、先程までの熱はすっかり失せていた。高輪叶人は左腕に力を込めてゆっくりと上半身を起き上がらせる。それがやけにスローモーに感じる。背中と俺の腹がぴたりとくっつく。
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