医局の朝

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 医局の朝

「高輪先生、検査結果です」 「ああ、ありがとう」  ブレストで会った翌々日、病院での高輪叶人の様子はいつもと変わらなかった。  いつもと同じ穏やかな、そして昨夜とは全く違う優しげな微笑みを浮かべている。いつものとおり作成したデータについて淡々と応答し、新しい検査の指示を受け取る。相変わらず彫刻のように整った顔貌は大きめの眼鏡に隠され、艷やかだけれど長く伸びた髪は頭の上できつくまとめられてその印象に少しの生活感と親しみやすさを与えていた。ゆったりとした白衣越しではその体型の美しさは鳴りを潜めている。その内側のシャツも一昨日の夜と違い、真面目そうな型通りのものだ。  ここ神津(こうづ)大学附属病院での高輪叶人は腫瘍内科に属する腫瘍内科専門医で、俺は放射線技師だ。だから一日に数度、話をする。 「何か?」 「いえ、何も」  この人好きのするやけに野暮ったい姿と昨日の彫刻のような硬質な姿を重ねる者はいないだろう。そうしてまた、僅かに微笑んだ。 「三蓼(みしな)技師は腕がいいですからね。気になることがあれば何でも仰ってください」  腕がいいといえば高輪叶人こそだ。難しいといわれる薬物治療の方針をおよそ間違えたことがない。それも的確な検査の指示と、それに基づく怜悧な分析と診断の賜物だろう。穏やかな性格も相まって一部の患者や医師には神のように敬われ、未だ三十にもかかわらず近々の教授就任は確実視されていた。けれどもその立場は半年前といささか変化した。  半年前の早春の夜半、高輪叶人は病院から出たあとに腰背部を刺突され、生死の境を彷徨い命をとりとめた。発見が遅れ治療に至るまでに時間がかかった結果、出血性ショックを引き起こす。これが原因となって右上肢が麻痺し、その味覚が失われ、相貌失認に陥った。犯人は未だ特定されておらず、行きずりの犯行と見られている。
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