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 空を見上げると、大量のカラスが空を飛んでいる。そのうちの二羽が、僕ら目掛けて降りてきた。 「おお、ひょっとしておめたち、平介と長慈か?」  カラスが僕と長慈を知っている? 「わかっか? オラは嘴本」 「オレは雅田だ」  どちらも見知った名前。まさか、このカラス達……。村の住人? 「どうなってんだろうな。みんな揃って朝起きたらカラスになっちまってるなんてよ」 「ひょっとして山の神の祟りなんでねえか?」  他の者は知らないけど、少なくとも僕は山の神の機嫌を損ねるような行いをした覚えはない。  だからこれは何かの間違いだ。悪い夢だ。 「だどもよオラ、昔っから一度でいいから空を飛んでみてえと思ってたんだ」 「オレさっき軽く羽ばたいてみたっけ結構高く飛べたぞ」 「そ、そんな簡単に飛べるんすか?」  長慈が食い付いた。 「ああ。翼をバタバタさせて地面を蹴ればフワリといけるべ」  長慈は試しに翼を広げ言われた通りにする。すると一気に空へと舞い上がった。 「おお! スッゲーッ!」  昨日まで人間だったとは思えないくらい自然な飛行を見せた後、危なげなく地上に舞い降りた。 「すげーよ! 超気持ちいいぞ! 親父も飛んでみねえか?」 「いや、僕は遠慮しておくよ」 「何言ってんだよ。せっかく翼があんのに勿体ねえだろ。ははぁん。さては高いとこ苦手か?」  苦手、というか人間なら高いところに恐怖を感じるのは当然の反応だと思う。  その後も長慈は他の村人達に混じり夢中で空を飛び続けた。まるでもう、カラスになった自分を受け入れているみたいだった。 「いやあ、空を飛ぶのがこんなに気持ちいいもんだとは知らなかったぜ。カラスになるのも悪くはねえな」  本気で言っているのか。それとも不安を無理矢理押し殺して強がっているのか。表情に変化がないので真意は読み取れない。 「そういや腹が減ったな。親父、朝飯にしようぜ」  飯か。確かにまだ食べていなかった。しかしこの姿では食事を用意することもままならない。  すると長慈はうちの畑の方へと飛んだ。僕は慌てて後を追った。もちろん二本の脚で。  案の定、長慈は畑に実る作物を直接嘴で(ついば)んだ。  これでは今まで僕らが嫌悪していた田畑を荒らすカラスそのもの。案山子が効かないだけに野生のカラスよりタチが悪い。 「おいおい。さすがに行儀悪いぞ」 「仕方ねえだろ。こんな姿じゃ料理すらまともにできねえんだ」  確かにこの姿では生活するのに支障が出る。家事はおろか、野良仕事すらままならない。もはや人間の生活を捨て、カラスとして生きねばならないのか。  ……いや、僕はまだ人間だ。例え姿はカラスでも、意思だけは人間でありたい。  僕は家に戻り、保存食の干し芋を食した。体が小さくなった分、少量で腹は満たされた。  この時点で僕は薄々意識し始めていた。  これが夢ではなく、現実だという受け入れ難い事実を。
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