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 結局、村人は一人残らずカラスになっていた。  大人も子供も老人も、仕事や学業を放棄し、カラスになったことを楽しむように毎日空を飛び続けた。いや、単に現実逃避しているだけなのだろう。  腹が空けば適当な畑で作物を頂戴する。稲穂を刈り入れする時期になったのだが、当然トラクターに乗れなければ鎌を持つこともできない。だからみんな仕方なく直接稲を啄み生米を食した。  このままではいずれこの村は食糧が尽き終わる。だが外部の人間に助けを呼んだところでカラスの言葉など解るわけがない。  僕と同じように危惧していたのか、ここでようやく村長ガラスが動いた。 「どうだろうみんな。農作物もあらかた食べ尽くし、いずれは冬が訪れる。いつまでもこの村にいても飢えるだけだ。いっそのこと、ここはみんなで街の方へ引っ越さないか?」  まさかの村長が住み慣れた村を捨てる選択をしたことに、僕は丸い目を更に丸くさせた。 「賛成だ。人のいるところなら食べ物には困らんだろう」 「んだんだ。残飯とかにありつけるべ」 「阿保言え。そこまでカラスになりきらんでいいだろ。どうせなら店で売ってるやつをこそっといただいちまおう」 「カラスに盗られたのなら仕方ないって許してくれるよな」  いくらカラスになったからって、そこまで落ちぶれたくない。僕は一歩前に出て発言した。 「まだ山の中を探せば食糧はあると思います。少しづつ蓄えていけば越冬できるでしょう」  しかし僕の提案は誰の賛同も得ることはできなかった。みんな街に行けばなんとかなると思って信じて疑わない様子だった。  それにせっかく自由に飛べる翼があるのに、いつまでも閉塞的な山奥の村にいたくないという思いもあるだろう。実際、既に何人かは勝手に村を出ている。  皆と解散し家に戻った後、僕は長慈に告げた。 「僕はここに残る」 「ほ、本気か親父」 「街に行っても生きていける保証は無いからね。野生のカラスだっているだろうし、結局は食糧の奪い合いになるのが目に見えている」 「だ、だけどよ、ここだって食糧が見つかる保証は無いぜ?」 「その点は心配いらない。僕は山の全てを熟知している。だからこそあの発言をしたんだ」  それでも渋る長慈に僕は言った。 「長慈、お前も今年で二十だ。もしみんなについて行こうとも僕は止めはしない。お前の道はお前が決めるんだ」  それに対し、長慈は仏壇の方をチラリと見て小さく啼いた。 「……親父を一羽、いや一人残していけねえよ。じゃないとお袋に叱られちまう」  こうして僕と長慈を残し、村のみんなは旅ガラスとなり飛び立って行った。  30年前、都会での暮らしに疲れこの村に来たんだ。今さら戻るつもりはない。携帯電話やパソコン、テレビに至るまであらゆる電子機器を捨て、新聞すらも取らず外部の情報を完全に遮断。この山奥の村で自給自足の生活を始めた。だから戻ったところで僕は浦島太郎状態だ。そもそもカラスとしての生きる術も知らないのにまともに生きていけるわけがない。 「……で、これからどうすんだ?」 「今までと変わらないよ。人間として人間らしく生きよう」
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