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「バーシアのお子さんはまだ見つかっていないのでしょうか?」 「そっちはアローに任せてある」 アローおじさん? 「メルー、行くぞ」 「ああ、うん」 兄貴は階段を下りながら、チーは俺が守るとぶつぶつ言いっていた。 「チーがドラゴンだから狙われているのかな?」 「まったく、そうだとしてもだ、俺たちは弟を守る、それだけだ!」 怒っている兄ちゃん。 そうだな、俺たちが守らなきゃな。 そう思っていた。 ※ その頃王都のウィリアム伯の家では、二人の男性が向かい合わせに座って話をしていました。 「食べるものがこうして送られてきて、やっと落ち着いたかのように見えてきたというのに、馬鹿なお方たちだ」 「まったく、美人局だってわかってないんですかね」 「わかっておったところで、ほっておけで終わりだろうな」 「はー、わかってるのかねー。次の王はハジメじゃなくてバカ息子の子供で、ジュドーが政権を握ろうとしているのはあからさまだろうが」 「領主たちも落ち着かないし、バールド公の息子はまだ見つからないのか?」 「わかってますよ、逃げてどこへ行ったのか、誰も教えちゃくれないから大変なんです!」 「怒らんでくれ、まったく、私たちも踊らされぬようにな」 「わかってる、ハー、それで、次に荷が来るのはいつだ?」 「何か頼んだのか?」 「パスタだろ、いろんな瓶詰も頼んだし、ああ、そうそう、海の物、あの昆布とかいうのや魚の乾燥させたもの、あれはつまみに最高だな」 自分の食い扶持だけじゃなく、部下の分も頼んだぞという言葉の後、ウィリアム伯はこう言った。 「早く、チサというものに会いたいものだ」 「本当に眠ってしまうとは、何が起きるんでしょうかね?」 「……そうだな」 二人は大きな窓の外を見上げたのでした。 ※ いい匂い、おなかすいた。 ん? ここはどこだ? 目が覚めた。 木の床、見覚えのあるキッチン、テーブル、椅子の足、散らばった布マスク。 椅子に手をつき身体を起こした。テーブルに手をつき、痛かったはずのおでこをさすって座り直そうとした。 あれ?いたくない。すり抜ける手が倒れた椅子をつかめない。 おかしいな。 時計を見ると、もうお昼近い。 あら?どうしたのかしら?今日は、ディサービス中止になっちゃったのかしら? 向かい側の椅子に腰かけおでこをさする。 ちょっと思い出してみる・・・あれは・・・夢だったのかしら? テレビはついていないのに、なんだかざわめくような声?外が騒がしいみたいね。何かあったのかしら? ガシャン! あら、いやだ、何の音かしら? 「千佐子さん、いますか?いたら返事…千佐子さん!やばい、やばいよ!」 いつも迎えに来るディサービスの男性職員。私は目の前にいるじゃないと言いたかったけど、そうじゃないと思ったのは、足元に倒れているのは私で、ドアを職員が開けると、救急隊員や警官が入ってきて。私は救急車に乗せられ行っちゃった。 散らばったマスクに手を伸ばした。 あれ? まるで透明人間のように、物がつかめない。あれ?座っているのに、テーブルに転がった湯呑すら立てることができないでいた。 そっか、死んだのか……。 誰もいなくなった場所に座り込んだ。 案外あっけなかったのね。 自分が倒れていた場所をじっと見ていた。 気が付くといつの間にか真っ暗になっていた。 明かり、つけようかしら? 立ち上がると、玄関が開いた。 「開いてたー」 「もう、泥棒入ってない?」 「大丈夫、あー、窓にガムテープ貼って」 どこー? どやどやと入ってきた人の波、あらあら、あなた達! 私の体をすり抜ける孫たちに、少し、残念。 「ああそこの棚の中に」 「わかんないわよ、とにかく大事なもの探さなきゃ、お父さん戻ってくるまでに片付けて」 「ねえ布団は?」 「いらないわよ、どうせ棺に入れて帰ってくるわよ」 やっぱり嫁だな、はー、私もこうだったのかしら、御姑(おしゅうと)さんとはうまくやっていたような気がしていたけど? 「アキラ」 「なに?」 初孫が来ていた、最後あいたかったねー。大きくなって、もう大人だね。 「ちょっとコンビに行ってきて」 「は?めんどくせー」 そういわないで、明日になったら通帳とかのお金引き出せなくなるから、すぐに引き出してきて頂戴。 「全部かよ」 「できればね、あんたカードか何か持ってない?いったん、あんたのに入れてもいいから」 「わかった、買い物とかは?」 ラインで送る、お茶とか飲み物適当に買ってきて。 せわしないねー。 ばたばたと人の出入りが始まり、いつの間にか日が変わり通夜が始まった。 私はソファーのいつもの場所に座り、みんなを見ているだけだった。 息子たちの話はお金の事ばかり。 勝手にしろ、私はもうここにはいないんだ。 そう思ったら、無性に、あの場所が恋しくなった。 あれ?あそこは天国だったのかしら?上を見上げた。 カーン。 音のした方を見ると、孫、ひ孫が棺に向かって手を合わせていた。 いつの間にか四角い箱に入って戻ってきていた私。 ああ、幸せだったんだな。 お金の事ばかりいう子供たちも、一瞬ではあったが、皆が目を向けた。向けてくれたんだ。 ありがとう。 そう思えたことで、もう心残りはないように思えた。 さて、行こうかね。と立ち上がった。 あれ?どこへ行くんだ? 立ち上がったはいいが、どこだったろうと上を見上げた。 青い森、動物たち、なんだろう、ただの動物じゃなかった。 チサ。 誰かに呼ばれた。 ああ、帰りたい、あの場所に。 サグラダファミリア、石畳、そして、あの建物、…みんな…みんな? チー。 ああ誰かが呼んでる、帰って、みんなと遊びたい……。 帰ろう、あそこへ。 帰ろう、帰りたい場所へ、帰ろう…… 手を伸ばした。 帰りたい! そう思ったのだった。
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