箱入りの姫様は、ちいさき者をお愛でになります

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3. ※ ※ ※ 「あの日は月のない、やけに静かな夜だった。  だがその静寂は、真夜中に突然けたたましく鳴きだした『怨告鳥(おんこくちょう)』の声で破られた。怨告鳥は、周囲に邪道な波長を感じ取った際にそれを教えてくれる我々の使い魔だ。  すぐさま国王である父が自ら率いて、軍部が偵察にあたり、城下一帯に結界を張った。敵の外部からの侵入を防ぐためにだ。しかし──、  結界が間に合わなかったのか、以前から城下に反乱軍が潜入していたのか……。恐らく後者だと思われるが──、瞬く間に城下の至る所で火の手が上がった。それは、呪いによって相手を発火させ死に至らしめる恐ろしい呪い。かねてから王制転覆を謀り、各地で反乱を起こしていたハムフール族が得意とする黒魔術だ。  防御のための結界は、外側からの呪力には強いが内側からにはめっぽう弱い。潜入者の魔力によって、父が張った強力なはずの結界は破られ、首無しの馬に乗ったハムフール族の魔法軍の大群がなだれ込んできた。  父の咄嗟の判断が、正しかったのかは分からない。だが、残忍非道で恐れられているハムフール族に、これ以上誰一人として城下の民の命を奪わせるわけにはいかないと、瞬時に決断を下したのだろう。  父の命に従い、(われ)も隊を伴って民らを集め王宮まで誘導した。  ここまで来たビオレッタなら分かるであろう。この城は、険しい山の山頂に築かれている。反乱軍に追い詰められたら籠城するしか手はない。父は長期戦を覚悟したのかと思っていたのだが──。  父の狙いは違っていた。  追ってきた反乱軍が、王宮を取り囲んだ。逃げ場のない我々を見てほくそ笑んだ、奴らの悪魔のような笑みは生涯忘れない。直後、 『シャルム、ミナグレリはおまえに任せたぞ』  父は我にそう告げると、我を含めたミナグレリの民全員に向けて魔法杖(ワンド)を振り下ろした。たちまち金色の光が我々を包み、周囲の景色が急速に変わっていった。最初は、城や塔の全てが巨大化しているのかと感じたがそれは逆だった。  我々の体が、父の魔術によって縮小をはじめていたのだ。 『皆をまとめろ! シャルム!』  巨人と見まごう父の声が、雷鳴のように響いた。言われるままに身を寄せ合ったところで、再び父のワンドが振られた。  一瞬にして我々は、大きな球体の中に閉じ込められていることに気づいた。大きなといっても、小さく縮んだ我々にとってであり、実際には拳大ほどもなかったろう。  更にひと振り、父がワンドを振ると、我々を取り込んだ球体は瞬時にその場を離れた。父が保護魔法で瞬間移動させたのだ。  ハムフールとの戦いが始まれば、多くの民の血が流れるてしまうと判断した父は、即座に戦いを終結させようと考えた手段だったのであろう。父は単身で馬を駆け、反乱軍に向かって行った父の背中……。それが我が見た、父の最期の姿だ。  竜巻のように旋回する景色がようやく収まった際、我々は王宮の地下室にいた。遠くから聞こえてくる、壁を震わすほどの轟音が、父と反乱軍の戦いの激しさを物語っていた。  怯える民らを宥め、励まし、どれほどの時間が過ぎただろうか。  遥か遠くに見える明り取りの窓から、朝の光が垣間見えた。辺りは驚くほど静かだった。  地上に出るのには長い時間が掛かった。何しろ皆、地下室を貼っていた蟻と変わらない大きさまで小さくなっていたからな。避難していたレアリが、仲間の怨告鳥たちを引き連れて王宮の中まで探しに来てくれなかったら、階段を上ることも叶わなかったろう。  どうにか辿り着いた王宮の中庭は、一面の焼け野原と化していた。その場に残された魔術の残滓で、父が秘術を駆使して全てを消し去ったのだとわかった。  それは、自らの命を贄にして呪術とする、究極の滅殺法──。  父も、ハムフールの一族も、髪の毛一本残すことなく消滅していたんだ。  悲しんでいる暇はなかった。  芥子粒ほどに縮められた皆の体を、元に戻さねばならない。父が施した魔術であるから、父にしか解くことは出来ない。だが父も、父のワンドも跡かたなく消えてしまった今、魔術で元通りにすることは不可能だった。  だが魔術は無理でも、魔法薬を調合し服用するという策は残されていた。  この国には、『復活の花』と呼ばれる薬花(やっか)が存在する。怪我や病気といった症状を、元の状態に戻す魔力をもつ花だ。復活花(ふっかつか)はかけられた呪術を解く際にも使われ、その精製方法は我がベージャス家に古くから伝えられていた。  レアリ達の手……、いや嘴を借りて、身体を元の大きさに戻す薬の精製を進めた。  解呪薬(かいじゅやく)はなんとか完成した。  だが、ひとつ大きな問題が生じたんだ──」 ※ ※ ※ 「問題とは、いったいなんですの?」  ビオレッタは思わず口を挟んだ。薬は完成したはずだ。ベージャス家の城を訪ねる途中、自分と変わらぬ大きさの城下町で暮らす人々の姿を見掛けた。薬の効果は出ているのに、どうしてシャルムは小さいままなのだ。大きな疑問が彼女を焦らせた。 「足りなかったんだよ。貯蔵していた復活花全てを使っても、小さくなった奴らを全員元に戻すだけの量は作れなかった」  言い淀んだシャルムに代わって語りだしたのは、カラスのレアリだった。 「そのことを隠して、こいつは先に城下の人間や城の従者たちに先に薬を惜しげもなく与えやがった。俺がなんとか残った薬をかき集めて、無理やりこいつに舐めさせたから、なんとかこの大きさにまではなったものの……、ホント親父も息子もてんで自分のことを大事にしやしねぇ。腹立たしいったらないね全く」  イラついた態度を、レアリは隠そうとしない。 「大体、復活花の在庫があっという間に底をついたのも、どこだか知らねぇ国で起きた流行り病を治してやるために使っちまったからだろ? どんだけお人好しなんだって言いてぇんだよ俺様は!」 「やめるんだ、レアリ!」 「流行り病って……、もしかしてそれはオルキディアのことですか? 我が国の疫病を鎮めるために、貴重な薬花を……」  躊躇することなく片膝をつき、深々と頭を垂れるビオレッタ。 「オルキディアの王族の一人として、改めて心より感謝申し上げますシャルム・ベージャス公。現在のオルキディアの繁栄は、ベージャス一族の献身的支援によるものに他なりません。今度は我が国がこの御恩を返す番です。なんなりとお申し付けください」 「顔を上げてくれビオレッタ。オルキディアを……、そなたを責めるつもりは毛頭ない。不足に事態に備え、計画的に復活花の栽培と研究を続けてこなかった我々の落ち度だ」 「……悪かったよ姫様。つい、イラついちまった。済んじまったことは、もうどうしようもねぇのにな」  ビオレッタの真摯な言葉と、シャルムの非難めいた視線を受け、レアリも反省の色を見せる。 「……でも、その日からもう一年の歳月が過ぎているのですよね? なのにシャルム様がまだこの状態だということは、未だ復活花が入手できていないということですわよね? 栽培が難しい花なんですの? 人手が足りないのであれば、すぐにでもオルキディアから援軍を派遣いたしますわ」 「いや、そうではない」  言葉を継ごうとして、一瞬ためらったシャルムだが、決心したように先を続けた。 「復活花は、花をつけるまでに非常に時間が掛かるのだ。その一般的な年数は……、百年と言われている」 「ひ、百年?」  途方もなく長い年数を告げられ、事態の深刻さに驚愕するビオレッタであった。 ※ ※ ※ 「つまり、ベージャス城で栽培を続けていた復活花の畑は、反乱軍の戦いで全て焼失してしまったということですか?」 「ああ。収穫間近だった蕾も、数年後、数十年後に花を咲かせるために育てていた苗も丸ごと燃やされちまった」  日が暮れて、ビオレッタとレアリは王宮の巨大な蔵書庫にいた。 「あんだけ『自分が案内する』って張り切っていたくせに、ぐっすりおねんねしてんなぁ」  二人の視線の先には、手提げの編み籠をベッドにしたシャルムが静かな寝息を立てていた。 「体が小さい分、エネルギーの消耗も激しいんでしょうね」  眠る赤子を見守る母のような表情で、ビオレッタはシャルムを見守る。 「さぁ、シャルム様がお休みの間に、作業を進めますわ。参考になりそうな書棚はどこですの?」  復活花の苗は全て失われてしまったが、緊急時の為に復活の種子は大切に王宮の魔法薬庫に保管されていた。慎重に播種、そして発芽させることには成功したが、花をつけるまでには百年を要する。さすがにそれほどの年月を、なんの手も施さずに黙って待っているわけにはいかない。  そこでシャルムはレアリと共に、ベージャス家が誇る膨大な魔法書から、何か解決の糸は掴めないかと調査を進めていたとのことだった。 「ミナグレリは元々、何百もある魔法族が集められた国家だ。ハムフール族以外にも、虎視眈々と王座を狙っている奴らもゼロだとは言い切れねぇ。そこで一部の重臣以外には、シャルムは無事元の大きさに戻ったどころか、『より強力な魔力を手に入れるために魔獣と契約しその姿を変えた』と告げてある。むやみにこの城に誰かが訪ねたりしないよう、牽制したってわけだ」  体が小さいままのシャルムは、ワンドが扱えないので魔術は使えない。秘術者である国民のから魔術が必要な治療や力仕事の依頼があった場合は、城下に棲み処を移したシャルムの重臣らが対応しているのだそうだ。 「とはいえ俺様とシャルムだけじゃ、この恐ろしい量の魔術書を読破するだけで百年以上かかっちまいそうでな。何しろシャルムがでっかい本のページを一字ずつ追うのには恐ろしく時間が掛かるし、俺様の語学力は底辺レベルときてやがるし」 「わかりました。こちらの書物の中から、復活花の代用になる魔法植物があるかどうかを調べればいいのですね?」 「あとは、野生の復活花の生息地の情報なんかが見つかれば御の字だな。まぁ、そんなのがあるのなら、とっくに先代の王の耳にも入っていたとは思うんだが」 「探しましょう。それしか方法がないのでしたら」 「一応こっちが魔法植物に関する書棚、であっちがミナグレリの地理や歴史に関する資料棚だ」 「あちらの扉の奥には、何がありますの?」  ビオレッタが指さしたのは、美しい彫刻が施された一枚の木扉。はめ込まれた丸窓には、ジャービス家の紋章であるドラゴンがステンドグラスでデザインされている。 「ああ、あの部屋には、門外不出と言われているジャービス家屈指の秘書が保管されている。あてに出来そうな書物があるとしたらあそこなんだが、あいにく誰もあの部屋の本を読むことはできねぇ」 「どうしてですの?」 「年代物の幻の魔術書だか何だか知らねぇけれど、ほとんどが古代ウガンラム文字で書かれているんだ」 「ウガンラム文字⁉」 「そう。千年以上も前にミナグレリで栄えた超優秀な魔族が、一族の秘術を他の奴らに漏らさないために使ったという世界一難解だと言われている文字だ。数代前のジャービス家には、ウガンラム文字の研究者がいたらしいんだが、今ではもう解読できる人間が残っていないらしい」 「私、読めますわ!」 「はぁっ⁉ 冗談きついぜ姫様。秀才揃いのフィリウッサ教国のもの好きな教授様だって、解読するのに手こずるっていうウガンラム文字だぜ?」 「はい、姉のリーリオがフィリオッサで学んでいた教授が、正にその方でした。リーリオ姉様は語学に長けていて、十五ケ国の言語を読み書きできるんです。複雑な文法を使うウガンラム語にも非常に関心を持っていて、姉様の話を聞いているうちに私も是非読み書きしてみたいなって」 「いや『してみたいな』って、そんなノリで扱えるもんじゃないだろうが! 姫様、あんたもしかして天才か?」 「そんな大げさなものじゃありませんわ。興味があったから学んでみたかっただけですのよ。幻の魔術書、期待できますわね。早速目を通してみたいですわ」  ビオレッタは木扉の取っ手に手を掛け小部屋へ進むと、見るからに年代物の装丁の背表紙がぎっしりと並んだ書棚が、壁一面に設えられていた。 「なるほど。ここだけでも結構な量の書物がありますわね」  途方に暮れそうになる気持ちを引き締め、ビオレッタは手掛かりになりそうな書物を探し始める。そこへ、 「こいつも念の為、運んでおくわ。前に寝ている間に、ネズミに齧られそうになったことがあったからな」  レアリがシャルムが眠る籠を咥えて運んできた。 「ネ、ネズミですか⁉」 「ああ、この書庫なんかは奴らの格好の棲み処だからな。気を付けてやらねぇと」 「私に見張らせてください。シャルム様をネズミの餌食になんか絶対させませんわ」  ビオレッタはシャルムが眠る籠の持ち手を腕に通し、書物を読み進めた。  落とさないように、なるべく揺らさないように気遣うが、そうするとページをめくるのにも時間が掛かる。 「いいことを思いつきましたわ。こうすれば安心ですわね」  ビオレッタは小さなシャルムを掬い上げると、自分の洋服の胸元に静かに横たえた。 「おいおい、姫様。あんた意外に大胆だな」カーッ、シャルムの奴、安心しきった顔で眠りこけやがって」 「両手もあくし、良案でしたわ」  ビオレッタの行動に驚きながらも、シャルムの安心しきった寝顔を見たレアリは、 「……なぁ、姫様。シャルムのことを許してやっちゃくんねぇか」  いつもの軽口ではなく、真剣な口調で告げた。 「こいつが勝手に婚約破棄しちまった事。こいつなりに色々考えてのことなんだ。最悪こいつは生涯この大きさのまま戻れねぇかもしれない。そんな男の元に、あんたを嫁にこさすわけにはいかねぇと苦渋の選択をしたんだ。あんたと出会った十年前から、あいつもあんたのことを想い続けている。あのとき姫様、別れ際花束を送ったろう。あいつ、それを今でも大事に部屋に飾っているんだぜ」 「花束を? 今でも?」  忘れるわけがない。シャルムが帰国する際、感謝と想いを込めて、自分でアレンジした花束を、ビオレッタはシャルムに渡したのだ。だがそれは十年も前の話だ。どうやって保存しているのだ? ドライフラワーか? 「ああ、ガラスのケースに入れてな。時を止める魔法をシャルムがかけたんで、今でもきれいに咲いているぜ」 「時を止める魔法? そんなものがあるのですか?」 「高度な魔術だから使い手は少ねぇけど、あるぜ」 「なら、時を進める魔法も存在するのではないですか? それがあれば」 「いや、それはないな。時を止めると言っても、生物そのものの成長を止めるわけじゃねぇ。ガラスケースの中という限定した空間だけ、時間の流れを止める魔法なんだ。特定の空間だけ時間を進めたり巻き戻したりすりゃ、時空の歪みが出来て空間ごと爆発しちまうんじゃねぇかな。そしたら対象の生物も木っ端みじんだ。あったとしても危険すぎる術だな」 「……そうですか」  明らかに落胆した表情で、ビオレッタが肩を落とす。 「でも私、諦めませんわ!」  両こぶしをギュッと握り決意を固めると、彼女は新たな書物を取り出し頁をめくっていく。  その瞳には、いまだ希望の光が消えることはなかった。      
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