箱入りの姫様は、ちいさき者をお愛でになります

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2. ※ ※ ※  閉ざされた帳の向こうには、呪いによって世にも恐ろしい姿に変えられた、哀れな婚約者がいるとばかり思っていた。だが実際の彼は、ビオレッタの小さな手のひらにも収まりそうな大きさに縮まってしまっているといえど、その顔も体つき以前のシャルムと変わりく見えた。いわば、ミニチュア版のシャルムである。 「か、可愛い……」  そんなシャルムを目にして、ビオレッタが最初に口にしたのは率直すぎる感想であった。 「……なっ、何を」  一瞬にしてシャルムの頬が赤く染まった。小さくともはっきりとわかるほどに。 「わざわざこんな細工をして、姿を大きく見せていたのですね」  玉座の位置には、角を生やした巨大な魔獣に似せた張物が仕込まれており、その背後では静かに炎がたかれていた。そして、張物の前には円錐形の漏斗のような物が設置されている。この仕掛けで、帳に巨大な影を映し出し、恐ろしげな声を出していたのだろう。 「すべてをお話してくださいませんか、シャルム様」 「な、ならぬ」  小さな足を必死に動かし、その場から逃げだそうとしたシャルムであったが、 「な、何をするビオレッタ! 放せ! 下ろせ!」  あっさりビオレッタに摘まみ上げられ、彼女の手の上に載せられた。 「いいえ。話してくださるまで、下ろしません」  小鳥の雛を守るように、手のひらで包み込まれたシャルムは、逃げ出そうともがくが、 「ああ、ホントにシャルム様だわ。なんて愛らしい」  グッと顔を近づけて目を細めるビオレッタに、さらに顔を赤くする。 「観念しろってシャルム。もう俺様だけじゃフォローしきれないっつーの。頭下げて、姫様にも手伝ってもらおうぜ」 「レアリ! 貴様、裏切ったな!」 「やかましい! 一人前に働けるようになってから文句言いやがれ! このバカでかい仕掛けだけでも俺様がひとりで作るのに、何か月かかったと思ってんだ。能率悪すぎだろ!」  ビオレッタの肩に飛び乗ったレアリが、羽を震わせシャルムに訴える。 「一日でも早く元の大きさに戻って、この国を見守るのがおまえの役目だろうが!」  図星を衝かれたのか、押し黙ったシャルムはビオレッタの手の中で抵抗をやめた。 「はー、言いたいこと言ってスッキリしたわ。さぁ、まずは姫さんに事情を説明しな。どうしておまえが、子ネズミみたいに小さななりでいるのかを」 「教えてください、シャルム様。お願いです。お力にならせてください」  ビオレッタの揺るぎない決意が、彼女の手のぬくもりから感じ取れたのか、 「……わかった。すべて話そう」  シャルムは初めてまっすぐに、その翡翠色の瞳でビオレッタを見つめ返した。 「でも、その前に。シャルム様、ちゃんとお食事は摂られてますか? 以前よりやつれていらっしゃいますよね?」 「いや、まぁ、それなりに……」 「木の実とかキノコがメインディッシュだな。何しろ食材は、俺様が取って来るしかねぇ。野山のネズミやリスは、お坊ちゃまのお口には合わねぇらしくてよ」 「あ、あれはおまえがほぼレアで出したからだろうが。しっかり焼いてくれれば」 「となると、動物性たんぱく質の不足が懸念されますわね。それと随分と肌の色も白く思えますが、太陽の光をしっかり浴びていらっしゃいますか?」 「え? いや、それは……」 「浴びていないねぇ。うっかり日中外に出て、トンビに攫われそうになって以来閉じこもりっきりでさぁ」  言いよどむシャルムに代わって、レアリが即座に回答を返す。 「今日からは、私がおそばで一緒に日向ぼっこしましょうね。あとお召し物に関しても、私に任せていただけますか? ミナグレリの魔法王に相応しいお洋服を、すぐに作りますから」  引き裂いた麻の端切れを頭から被り、紐で縛っただけの装いのシャルムは、確かに王の風格は皆無であった。 「お話は、それからゆっくりと聞かせてください」 ※ ※ ※  そこからのビオレッタの働きは、目を見張るものであった。 「こちら、お借りしますわね」  どこから見つけだしたのか、小間使いが着用していた簡素な服を身に着け庭に出ると、荒れ放題ではあったがなんとか鶏舎から卵を、畑からは葉物の野菜やポテトに唐黍などを収穫し、 「厨房を使わせていただきますね」  溶いた卵をフライパンの代わりにしたティースプーンに流しいれ、小さなオムレツを焼き、唐黍を潰してこれまたミニサイズのパンケーキを完成させた。 「お皿はこちらを細工しましょうか」  ワインのコルクを薄くスライスし、手早くオムレツとパンケーキを載せ、千切った菜っ葉を添えると、 「さぁ、まずはお食事をお召し上がりくださいシャルム様。温かい食事は、健康な体の源ですから」  テーブルクロスに見立てたハンカチーフを掛けた、料理用の計量升のテーブルに置いた。 「お口に合うとよろしいのですけれど」  ビオレッタが用意してくれた、これまたコルクを利用した椅子に腰かけたシャルムは、目の前に供された彩り豊かな一皿に目を輝かせる。 「ナイフとフォークを作るのには少々時間がかかりますので、代わりにこちらをお使いくださいませ」  ビオレッタが皿に添えたのは、二本の小枝を爪楊枝よりもさらに細く小さく削ったもの。 「東方の国々では、このような形状の『箸』と呼ばれるものを使って食事を摂るそうなんです。器用ですよね」  二本のペンを箸に見立てて、ビオレッタが使い方をレクチャーするが、上手く扱えないシャルムはしびれを切らし、ザクザクとオムレツに小枝を突き刺し、かき込むように胃袋に納める。 「美味い、美味いな」  リスのように頬を膨らませ、自らの手料理に舌鼓を打つシャルムの様子にビオレッタは微笑み、声を弾ませる。 「まだまだお代わりもありますわよ。温かいスープもすぐにお持ちしますね」  小指の爪ほどもない皿の上の料理も、親指大のシャルムにとっては大盛りのご馳走であった。小山のようなオムレツにシャルムがかぶりついている間に、 「仕立て部屋はどこでしょうか?」  レアリに城内を案内してもらったビオレッタは、裁縫道具を見つけ出し、チクチクと針仕事を始めた。 「何を繕っているのだ?」  すっかり皿を平らげ、ひと息ついたシャルムがビオレッタを見上げて尋ねる。 「なめし革のはぎれを見つけましたので、シャルム様のためにお洋服を」  器用に針を動かすビオレッタの手の中で、みるみるうちに小さな黒革のベストが仕立てられていく。 「へぇー、料理に裁縫、大した手際だな。姫様、あんた箱入りのお嬢様だって聞いていたけれど、なかなかやるじゃねぇか」 「こらレアリ、失礼だぞ」 「どこがだよ。俺様は褒めているんだぜ」 「おまえの言い方には棘がある」  まるで兄弟喧嘩のように言い合うシャルムとレアリに、ビオレッタの頬は緩む。 「知ってます。私が『箱入りの姫様』って皆さんが呼んでいること」  笑みを消さずに、ビオレッタは身の上を語り始める。 「私、子どもの頃体が弱くって、王宮の中で過ごすことが多かったんです。元気になっても両親が心配して私を手元に置きたがったから、二人の姉のように諸国に留学したり外遊したりはできなくって。でもその分、身の回りのことは全部自分でできるように、家事一般はしっかりと学んできましたの。屋敷周りのことでしたら、簡単な大工仕事だってこなせますのよ」  小さな鼻を膨らませ、ちょっと自慢顔の彼女に、 「それは凄いな」  シャルムも滅多に見せない、柔らかな表情を浮かべる。 「できましたわ。シャルム様、お召しになっていただけますか?」  ビオレッタが仕立てたのは、黒革の長丈のベストに、シルクのハンカチを利用したトラウザーだった。麻布に穴をあけ被っていただけのシャルムであったが、 「おお、似合っているぞ。やったなシャルム。久しぶりのまともな服だな」  ビオレッタお手製の服を身に着けると、一気に気品も纏ったように見違えた。 「簡易なものですけれど、靴も編んでみましたわ」  麻糸で編まれたサンダル状の履物に、シャルムが裸足のつま先を入れる。 「ピッタリだ」  驚きの声がシャルムの口から漏れた。採寸もしていないのに、洋服同様サンダルも、シャルムのサイズにフィットしていた。 「お時間いただければ、革を使ってブーツを縫いますわね。あとシルクのはぎれが残っていますから、シャツも。そうそうお休み用にパジャマも作りましょうね。縫い針を細工して剣も持たせて差し上げることもできますわ。あ、それと必要な家具は揃っていますか? 王座もご用意しましょうね。あと綿をたっぷり入れたふかふかのベッドも」  興奮してか、ビオレッタの口調はどんどんと早口になる。 「お任せくださいね。私、得意なんです。王宮でもミニチュアドールのコレクションをしていて、最近では自分でコスチュームや家具を拵えたりしていましたの。まさかシャルム様にもお作りすることができるなんて」  そこまで喋って、ビオレッタは突然ハッとしたように息を呑んだ。 「……どうしましょう」  笑顔は消え去り、同様と困惑の表情で狼狽するビオレッタ。 「おいおいなんだ。いきなりどうした姫様」 「だって私ったら、バカみたいにはしゃいでしまって。シャルム様が大変な状況だというのに」 「気に病むな。食事も服も非常に助かった。感謝している」  謝意を伝えられ、ビオレッタは恭しくシャルムの前に膝をつき顔を寄せる。 「お聞かせください、シャルム様。このような事態になったいきさつを。そして私にできることのすべてを」  間近に迫ったビオレッタの瞳は、すべてを包み込んでくれるような青い空色に似ていた。
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