たとえ吸血鬼でも

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たとえ吸血鬼でも

 私はケイの家で暮らし始めた。噛まれた時も彼の正体が吸血鬼(ヴァンパイア)だと聞いた時も、驚きはしたが怖くはなかった。 娼婦として売られ、モノのように扱われる運命だった私を、救ってくれたのがケイだ。吸血鬼にとって、ヒトは食糧でしかないと思っていたが、私の血を欲しがる彼はいつも優しくて、ぞんざいな扱いは決してしなかった。 あれから毎日のように彼に噛まれたが、彼がその行為を愛情表現だと言ったのは嘘ではないと思った。痛みは一瞬だけだったし、そのあとに優しく触れられると、本当に私を愛おしく思っているのが伝わってくるからだ。それに実際、ケイが舐めることで、傷は瞬く間に治ってしまった。 「あの時も、おまえはあちこち怪我をしていただろ」  車を降りた隙に脱兎のごとく走り出したのだが、慣れないヒートで酩酊したようになり、足がもつれてしまった。 「着替えさせた時に開いた傷口から血が流れ出して、咄嗟に食らいついてしまったんだ」  目覚めた時には傷はほとんど治りかけていた。ケイの唾液に治癒効果があるとは薄々感じていたが… 「もしかして、全部、舐めた…の?」  それはある意味、体を奪われるより恥ずかしいことかもしれなかった。言いながら声が小さくなり、真っ赤になってうつ向いた私の頭を彼が宥めるように撫でた。 「膝と頬だけだ。初めて誰かの血が欲しいと思った。花梨の全てもだ」  ケイはαの父と吸血鬼の母を両親に持つ混血(ミックス)だった。彼の能力も遅咲きで、早くに両親を亡くして父方の親戚をたらい回しにされたそうだ。叔父や叔母、従兄弟たちは、吸血鬼と駆け落ち同然のように家を出た長男の父親を口々に(けな)していた。孤独は彼を寡黙にさせ、一人でも生きていく力を蓄えさせた。 母親が吸血鬼であることは知っていたが、自分は牙も生えてこないし、ずっと人間として暮らしていくのだと思っていた。それが二年前、喧嘩に巻き込まれて身の危険を感じた時に、思わず相手の喉笛に噛みついてしまって愕然となった。 「その時は血の味なんてわからなかった。感情が増幅されると、吸血鬼の本能のトリガーが作動するみたいなんだ。憎悪か愛情か、両極端だが」  だとすれば、私に向けられているのは愛情なのか。特別な存在であると言われてるような気になり、牙を立てられて喜ぶ私は気が触れているのかもしれない。気に入った相手の血が欲しいと思う感覚は私にはわからないが、ケイは本当に嬉しそうに見えて、私の僅かな自尊心を優しくくすぐってきた。
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